適切な手続きを経ず独自の判断で調査方法を変更
2019年に入って、毎月勤労統計(厚生労働省)の不正問題が連日報道されている。同統計は賃金、労働時間、雇用の変動などを把握するための統計であり、国の重要な統計である「基幹統計」に指定されている。
議論の場は国会にも及び、与野党を巻き込んで紛糾した。しかし、一連の報道も、国会における答弁も、問題の本質を外しており、結果として議論がかみ合っていない。本稿では、筆者自身の個人的な体験も交えつつ、「統計不正」の本質的な問題点を考えたい。
今回の一件をめぐり、厚生労働省は少なくとも2つの問題を引き起こしている。1つが「2004年から2017年にかけて行われた不正」、もう1つが「2018年以降に行われた不適切処理」だ。議論が空転するのは、これらが混同されているからだ。
前者は、明確な「不正」である。2004年から2017年にかけて、厚生労働省が適切な手続きを経ずに、独自の判断で「全数調査」から「サンプル調査」に切り替えた。またサンプル調査に切り替える際、母集団の復元という処理が行われなかった。その結果、同統計における給与額が過小に公表され、経済分析を歪ませた。同統計に基づいて支給される失業保険や労災保険は、適正な金額より少なくなり、社会問題を引き起こした。
正直に白状すると、筆者は当時この不正には全く気付いていなかった。また、私の知る限り、いわゆる「インサイダー(同統計に関与した職員)」を除いて、誰一人として「不正」を疑っている者はいなかったように思う。
多くのエコノミストが批判を自粛した理由
2つ目の問題である「2018年以降に行われた不適切処理」は、筆者を含め、多くの専門家が発覚前から疑問を感じていたようだ。しかし正面から改善を要求したのは、エコノミストの中では筆者だけだった。
統計不正問題が広く報じられたのは今年に入ってからだが、筆者は昨年8月のレポート「なぜ賃金・所得が改善しても消費が回復しないのか?」で、「統計の信ぴょう性を疑わざるを得ない事態に陥っている」と指摘している。
このレポートを受け、昨年9月には西日本新聞の取材に対し、こうコメントした。
「誤差に対しては、経済分析で統計を扱うエコノミストからも疑義が相次いでいる。大和総研の小林俊介氏は『統計ほど賃金は増えていないと考えられ、統計の信頼性を疑わざるを得ない。報道や世論もミスリードしかねない』」と指摘。手法見直し前は誤差が補正調整されていたことに触れ『大きな誤差がある以上、今回も補正調整すべきだ」と訴える」(西日本新聞 2018年09月12日)