人手不足になれば、給与は上がるはずだ。現在「有効求人倍率」はバブル期の水準を上回っている。だが日本人の平均賃金は過去20年間ほとんど上昇していない。なぜなのか。それは企業が40代と50代の給与をおさえてきた結果のようだ。しかもその傾向は今後も続きそうだ――。

労働市場を巡る各種統計の「虚実」

人手不足が叫ばれるようになって久しい。事実、求職者1人に対して何件の求人があるかを示す「有効求人倍率」はバブル期の水準を上回る1.52倍(2017年9月《季節調整値、以下同》)となり、1974年2月以来の水準に達している。この数字を額面通り受け取れば、現在の日本では空前の「売り手市場」が発生しており、われわれ労働者にとって非常に良好な環境が生じていることになる。

しかし多くの労働者にとって「そんな印象はない」というのが偽らざる実感だろう。それもそのはずで、日本人の平均賃金は過去20年間以上一貫して、ほとんど上昇していない。

本稿では「深刻化する人手不足」と「伸び悩む賃金」という、相反する二つの現象を結びつける日本の労働市場の深層について掘り下げる。

まず、上述した「有効求人倍率」、および「平均賃金」のいずれもが、非常にミスリーディングな統計であることを確認しておきたい。まず前者は、大別して「正社員の」有効求人倍率と「パートタイム労働者の」有効求人倍率に分けられる。そして大雑把にまとめるとこれらの加重平均値が「有効求人倍率」となる。

このうちパートタイム労働者の有効求人倍率は、2012年2月に1倍を上回って(=職に就きたい人数よりも雇いたい会社が多い状態)からさらに上昇を続け、2017年9月時点では1.77倍にまで到達している。一方で正社員の有効求人倍率は2017年5月まで1倍を下回ったままであった。日本固有の厳しい解雇規制の下で、企業が正規雇用の拡大に慎重であることや、パートタイマーの時給が正規社員に比べて低かったことが、正社員回避の背景として挙げられよう。

こうした状況下、企業はパートタイム労働者の雇用だけを増やす。そのために必要ならば、パートタイム労働者の賃金を引き上げる。一方で、余っている正社員の賃金は据え置く。その結果が「パートタイム労働者の賃金上昇」および「パートタイム労働者が全体に占める比率の上昇」だ。正社員に比べて賃金の低いパートタイム労働者の比率が上昇した結果として、賃金が上昇してきたと言っても、「平均賃金」は伸び悩み続けてきた。

「人手不足」の恩恵がついに正社員にも波及?

もちろん、「バブル期越え」の数値は生半可なものではない。少しずつだが潮目は変わり始めている。労働力調査で確認すると、2016年頃から非正規雇用の増加が止まり、代わりに正規雇用の増加が加速している。これは先述した「正社員ではなくパートタイム労働者だけを増やしたい」という日本企業の思惑では説明できない動きだ。

この潮目の変化の背景の一つとして挙げられるのは、非正規雇用者の時給が、かつてほど安くなくなってきたという事実である。しかし、より重要なもう一つの背景が、本当の意味で日本が人手不足の時代に入ったという事実である。

順を追って説明しよう。まず過去4年間で、少子高齢化に伴って日本の生産年齢人口は約400万人減少した。にもかかわらず、この間の労働力人口(生産年齢人口のうち、労働の意思と能力をもつ者の人口)はむしろ増加している。その理由は女性と高齢者を中心として労働参加率が大きく上昇したことである。

しかし、今後、労働参加率の大幅な上昇を期待することは難しい。女性労働参加率のM字カーブを確認すると、過去数年間の上昇の結果として、米国並みの水準まで達している。つまり、これ以上の女性労働参加率の上昇余地は、少なくとも以前に比べれば限られてきている。

実際、先述したようにパートタイム労働者の有効求人倍率はかつてない水準に達しており、日本企業にとってパートタイム労働者の「人数」を増やすことが、非常に困難な状況に直面している。「人数」を増やすことが出来なくなった企業が何を考えるか。それは「一人当たりの労働時間」を伸ばすことだ。

しかしここで日本独自の問題が時間延長に立ちはだかっている、いわゆる「130万円の壁」である。税制上の配偶者控除を受けられる年収水準、多くの企業において配偶者手当を受けられる年収水準、そして社会保険の加入が義務づけられる年収水準がそれぞれ103~150万円に設定されていることを背景として、日本のパートタイム労働者は年収を一定額に抑えるインセンティブを有している。