実質賃金は「一人当たり平均賃金」を物価で割って計算される。このうち「一人当たり平均賃金」がくせ者だ。たとえば年収が500万円の人と200万円の人がいたとして、その合計(総雇用者報酬と呼ばれる)は700万円、平均賃金は350万円となる。そこにもう一人、年収200万円の職を得た人が増えれば、総雇用者報酬は900万円に増加するのに、平均賃金は300万円に低下し、一人当たりの賃金は減少しているように見える。これが「平均の罠」だ。
現在の日本で発生していることはまさにこういうことだ。若年層・高齢者層および非正規の雇用が増加している結果として、全体「平均」を取ってしまうと上昇率が鈍く見えてしまう。こうした「数字のアヤ」を排除すべく、別の統計(労働力調査)で公表されている雇用者数を掛け合わせ、日本全体の実質「総」所得を計算してみよう。下図に示す通り、「平均」実質賃金がおおむね前年比マイナスで推移しているのとは対照的に、実質「総」所得は大幅なプラスが続いている。つまり、実態として、日本人全体が受け取る所得は実質ベースでも改善を続けているということだ。
しかしながら、こうした見方を支持するような詳細データが、「景気指標として重視されるべき」共通事業所ベースで公表されていない。だからこそ、野党の安易な「アベノミクス詐欺」疑惑が大手を振って歩くことになる。野党は厚生労働省が安倍政権に「忖度」しているのではないかと批判するが、むしろ逆だ。野党に批判の材料を提供しているという1点で、安倍政権の足を引っ張っている。
統計は経済運営を正しい方向に導く計器の役割
ここまでの議論をまとめると、下記の3点となろう。
① 2004年から2017年に行われた不正は、厚生労働省の独自判断で行われた。
② 2018年以降の不適切処理は、以前から指摘されてきた統計の不備に対して厚生労働省および総務省・統計委員会が「やっつけ仕事」で対応した結果である(また、多くのエコノミストが「空気を読んで」傍観を決め込んだことも罪深い)。
③ 厚生労働省および総務省・統計委員会は安倍政権に忖度していると言うより、結果において足を引っ張っている。
以上を踏まえつつ、「結局だれが悪いのか」と考えてみると、本当に関係する「全員」に反省すべき過ちがあったことが見えてくる。
既に指摘されているように、統計「不正」の問題は、厚生労働省の職業倫理の欠如、そして自浄作用の欠如という、組織的なガバナンス上の致命的な欠陥を露呈させた。客観的かつ徹底的な真相究明に基づいた組織改革が求められる。
他方、「不適切な処理」に関しては、関係各者全員が不作為の罪を犯していると言わざるを得ない。同処理を行った厚生労働省および承認した総務省・統計委員会に、統計に関するリテラシーが欠如していたことが、今回の問題の発端となったことは事実だ。しかし多くのエコノミストも、建設的批判と代替案の提示を怠ったという点で同罪だ。的外れな批判で国会の貴重な時間を空費している野党も罪深い。