なぜ筆者以外のエコノミストたちは批判をためらったのか。以下の3つの理由が考えられる。
① 気付いていなかった。
② 猟官活動の妨げになるため自粛した(たとえば統計委員会のポストを狙っている御用エコノミストは少なくないだろう)。
③ 毎月勤労統計は問題の多い統計であり、いまさら批判しても仕方がないという「あきらめ」があった。
①と②は論外だが、③の理由は無視できない。
毎月勤労統計は、数年に一度、調査対象を「全て」入れ替えるという処置を繰り返してきた。これは経済環境の変化に即して、調査対象を調整する目的で行われているものだ。この入れ替えにより当然、大きな段差が発生する。この段差を「補正(過去のデータを、新しい統計基準に合わせて作り直すこと)」することでデータを接続してきたわけだが、この補正の結果として、過去分のデータが大幅に改訂され、景気判断の修正を迫られることがたびたびあった。
厚生労働省は、経済諮問会議からこの問題への対処を求められ、2018年1月分から統計の処理方法を変更した。すなわち、「全部」ではなく「半分」入れ替えであれば以前よりもバイアスが少ないだろうと考え、それを実行したのだ。それと同時に評判の悪かった「補正」を行わずに統計数値を公表するようになったのである。
こうした経緯から、多くのエコノミストは「もともと問題のある統計」が「別の問題を抱えた統計」に変貌したことを、ため息交じりに傍観していた可能性がある。
調査対象の入れ替えを「半分」に抑えたとしても、大きな段差が発生することは誰しもが想像のつくところだ。しかも厚生労働省および総務省・統計委員会は、今後、ほぼ「毎年」、約「3分の1ずつ」、調査対象を入れ替えることも決定している。しかし、補正を行わないのであれば、半分や3分の1ではなく、10分の1なり20分の1なり、景気判断の大勢に影響を与えない程度の入れ替えを行う、という発想はなかったのか、という素朴な疑問が湧いてくる。
筆者はこの不適切な処理に関して、厚労省および総務省・統計委員会に要望・批判を行った。しかしその回答は、「賃金データの見方」と題された、「啓発資料」だったのである。
野党の批判は的外れ
同資料でも「景気指標としての賃金変化率は共通事業所を重視していくことが適切」と明言されている。共通事業所とは、入れ替えを受けなかった「残り半分」の調査対象だ。この共通事業所ベースの賃金上昇率は、参考資料として毎月勤労統計で公表されている。そして野党はこの数値を用いて実質賃金を計算し、2018年の多くの月でマイナスだったことをもってアベノミクス批判を展開しているわけだ。
しかしこの批判は的外れだ。実質賃金のみで景気を語ることは不可能であるし、有害ですらある。