低所得者の怒りを煽る政治家たち

トランプ大統領は白人の低所得者層の生活を向上させるような政策は何もやっていない。しかし中国と関税合戦を繰り広げたり、「国境の壁の予算を議会が通すまで、連邦政府機関は閉鎖する」などと侃々諤々やっているだけで、ポスト・トゥルース的には「トランプ大統領は約束を守る男だ」という評価になる。真実ではなく、相手が聞きたい言葉を放って大衆の支持を得て、世論をリードしていく。これはポピュリズムであり、衆愚政治の一形態である。

しかし、そうやってイギリスは国民投票でブレグジットを決定し、アメリカではトランプ大統領が誕生した。かつてのギリシャでチプラス大統領が選ばれた理由であり、イタリアでポピュリズム政党の「五つ星運動」と右派政党の「同盟」の連立によってコンテ政権が誕生した理由でもある。五つ星運動も同盟も低所得者層のやり場のない怒りに訴えて勢力を伸ばしてきた。ギリシャ、イタリア、スペインなどの国々はどこも同じような問題を抱えていて、若年失業率が非常に高く30%以上ある。これがすべてワーキングプアの問題につながっていて、先進各国を不安定化させる最大の要因になっているのだ。

ドイツでさえも反EUの右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が中央政党に躍り出て、メルケル政権は彼らを連立に組み入れないと成り立たないところまで追い込まれている。地方から始まったフランスの黄色いベスト運動もEU議会の議員を立候補させようとしている。黄色いベスト運動はいずれ政党化されて、中央の政治勢力になっていく可能性が大きい。

国全体が「ワーキングプア」な日本

格差が広がり、社会構造が二極化していく中で、富の偏在を少しでも修正したり、社会に還元させたりするのが政治の役割なのに、逆にそれを煽ったほうが票につながる、ということでポスト・トゥルースに走る政治家の台頭が欧米先進国で目立つ。政治に無関心な金持ちよりも、ポスト・トゥルースに突き動かされたワーキングプアのほうが少数派であっても政治的な力を持つ――。これが先進国の民主主義の現実だ。かつて少数の資本家や貴族に大多数の労働者が反旗を翻したボルシェビキ革命との根本的な違いは、多数を占めるミドルクラスが運動に無関心なことである。

日本の場合は驚くほどワーキングプアが政治勢力化していない。何しろ過去30年間、給料が上がっていない先進国は日本だけなのだから、国全体がワーキングプアのようものだ。日本のワーキングプアが怒りを表さないのは、デフレで低収入でも食える社会になっていることや、労働者の声を吸い上げるべき政治勢力が分裂し弱体化したこと、フランスのような市民革命の歴史が日本にはないこと、さらに言えば、身の丈に合った生き方を選ばせるような戦後の偏差値教育が強く影響しているように思える。

(構成=小川 剛 撮影=市来朋久 写真=AFLO)
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