「ワーキングプア」の政治的影響力が強まる
黄色いベスト運動は参加者に思想的な共通点や組織的なつながりはない。共通点があるとすれば低所得者層であること。運動の主体になっているのは「ワーキングプア」と呼ばれる人々なのだ。ワーキングプアの定義は定まっていないが、フランス辺りでは収入が平均所得の60%に満たない人たちを指す。社会構造が二極化して、富裕層が増える一方でワーキングプアも増えている。先進国に共通する現象だ。そして各国でワーキングプアの政治的影響力が強まっている。
たとえばイギリスのブレグジット(EU離脱)も国内で増加しているワーキングプアの問題と無関係ではない。今、イギリスの失業率は史上最低の4%台。人手が足りないためにヨーロッパ大陸から250万人が出稼ぎに来ているほどだ。逆にイギリスからヨーロッパ大陸に渡って働く人も150万人いる。このアンバランスな状況を逆手に取って、ボリス・ジョンソン前外相のような離脱派のポピュリストから「移民や難民があなたたちの雇用を奪っている」と煽られれば、苦しい生活をしている人たちは「そうだ、そうだ」とブレグジットに賛同したくなる。
実は歴史的な完全雇用状況にあるアメリカ
アメリカのトランプ現象もワーキングプアが深く関わっている。トランプ大統領を熱狂的に支持しているのは中西部や南部に多い「プアホワイト」と呼ばれる白人の低所得者層だ。「メキシコからの不法移民がアメリカの雇用を奪っている。国境に壁を造れ」「アメリカの産業と雇用を守るために、中国製品に関税をかけろ」、トランプ大統領の過激な物言いは絵に描いたようにワーキングプアにヒットする。「まともな仕事がないのはメキシコからの不法移民や中国人のせいだ。自分で努力してもどうにもならない。だからアルコールに頼らざるをえないんだ」と。
アメリカでは「ポスト・トゥルース(post truth)」という政治用語がよく使われるようになった。これは客観的な事実や政策の中身ではなく、個人的な信条や感情に訴える主張が重視されて世論が形成される政治状況のことだ。目を背けたくなるような「真実」よりも、聞き心地のいい「嘘」が選択されて、真実はいつしか埋没してしまう。
アメリカの失業率は3%台で、実は歴史的な完全雇用状況にあるのだ。トランプ大統領はポスト・トゥルースの力学をよくわかっている。立会演説会でメキシコや中国をこてんぱんにやっつけ、ヒラリー・クリントン氏のようなエリートをこき下ろし、「アメリカを一番愛しているのは誰だ? そう私だ。私は国境に壁を造る。壁の内側にいる君たちは安泰だ!」などと煽り立てれば参加者は熱狂し、選挙でサポートしようと考える。
アメリカの選挙は事前に登録しなければ投票できない。先日の中間選挙は登録者数が史上最高を記録して下院は民主党が勝ったが、それでも投票率は48%にすぎなかった。投票率の低い選挙であればあるほど、トランプ大統領に煽られた支持者の投票行動が大きな意味を持つ。