「魅力ある働く女性」1位だった雅子さま

雅子さまへのあこがれは、「キャリアウーマン」が決め手だった。ご成婚直後に就職情報調査会社「文化放送ブレーン」が就活中の女子大生約7500人に「魅力ある働く女性」を尋ねたところ、1位に輝いたのは雅子さまだった。

なのに皇室内での活躍が見えず、2003年12月から公務を休んでしまう。

その5カ月後に「アエラ」が掲載したのは「他人事ではない私たち 雅子さま異例のご静養の陰で」という記事(2004年5月3日号)だった。

「ダイアナ妃が『愛』を求めて苦しんだのに対し、雅子さまはもっと『自分らしく生きること』を求めているのではないか」

そんな同世代女性の声を紹介している。

「適応」しようとすると心を病んでしまう

この記事が載った「アエラ」の発売直後、雅子さまの心が傷ついていることを明らかにしたのは、夫である皇太子さまだった。

矢部万紀子『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)

「雅子にはこの10年、自分を一生懸命、皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきましたが、私が見るところ、そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」

2004年5月、ヨーロッパ訪問にあたっての記者会見で突然、そのように発言されたのだ。

その2カ月後、雅子さまの病名が「適応障害」と発表された。

皇室に「適応」しようとし、雅子さまは心の病を得てしまった。逆に表現するなら、皇室は「適応」しようとすると、心を病んでしまうような場所だということになる。まさかそれほどまでとは思っていなかった。

当時、多くの国民が感じたショックは、そんなふうだったと記憶している。

矢部万紀子(やべ・まきこ)
コラムニスト
1961年生まれ。83年朝日新聞社に入社し、記者に。宇都宮支局、学芸部を経て、「アエラ」、経済部、「週刊朝日」に所属。「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理を経て、書籍編集部で部長を務め、2011年、朝日新聞社を退社。シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長となる。17年に株式会社ハルメクを退社し、フリーランスで各種メディアに寄稿している。
(写真=時事通信フォト)
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