なぜ「豆売り」に力を入れるのか

――以前、小川珈琲の本店を取材しましたが、直営店は京都府中心に10店程度です。

カフェの店舗数は少ないが、コーヒー豆では存在感があります。実は国内店舗数1位の「スターバックス コーヒー」も2位の「ドトールコーヒーショップ」も、最大の誤算は店で豆が売れないことです。「売れている」と彼らは言うかもしれませんが、当初期待したほどは売れていません。店舗で観察すれば、コーヒー豆を買う人をあまり見かけない。

ドトールもスタバも、本来は自社焙煎するロースターなので、大量の豆を卸売・小売するのが大動脈なのです。私は1986(昭和61)年に独立した際、こんなことを唱えました。

「これまでの喫茶店は、コーヒーロースターが喫茶市場を創った。その理由は“素人”でも開業でき、コーヒー豆と食材を一緒に納入するロースターのノウハウでも通用したからだ。一方、欧州では喫茶店(カフェ)が少なく、バールやパブが多い。将来こうした外食市場になったら、いま330社あるロースターのうち半分は生き残れない」

そこで自社直営の「セルフカフェ」でのコーヒー豆の大量販売、「物販併設型店」の開業などを提唱して、もっと豆売りに注力するよう働きかけました。

現在はネットの進展で、個人でもコーヒー豆調達やカフェ開業ノウハウの情報が手に入りやすくなりました。小売りや通販のコーヒー豆で突出する業者もいます。「カルディ」は総合食材店となり、「ブルックス」は実店舗を構えていません。「丸山珈琲」や「サザコーヒー」など、地方の人気個人店は、スペシャルティコーヒーに力を入れています。

「空中戦」で採算ベースに乗せる

――永嶋さんは、かねてから「実店舗は地上戦」で「豆売りは空中戦」と話していますね。

「カフェという業態は『FLR』コストで考えよう」と話します。「F」はフードコスト(原材料費)、「L」はレイバーコスト(人件費)、「R」はレンタルコスト(地代家賃)です。カフェビジネスとして成り立たせるには「FLRコスト70%未満」が理想なのです。でも東京都心では、アルバイトの時給=1000円の時代です。一方、ネット通販の豆売りでは、人件費や地代家賃を抑えられるなど、さまざまな工夫ができます。

それなら最初は無店舗でという考えもありますが、「実店舗の評価」が、「コーヒー豆の評価」につながる一面もあります。品質とともに気づかいが大切です。たとえばコーヒーの分量を120mlで出す店があります。フードメニューと一緒に頼むと、量が足りません。コーヒーを飲み終えたお客さまは、水と一緒に食べていることがあります。自分がお客の立場だったらどう思うか。店は生きもので、毎日の営業がマーケティングなのです。

私の最初の「師匠」は21歳の鈴木チーフという人で、1歳年下。新橋にあるカフェを開業する学校の1期生でした。この人から学び、家ではやかんのお湯で淹れ続けました。カフェを仕事にする以上、「キレイで、ラクで、好きなことができる店」は存在しません。

その喜びを感受するのは、主役のお客さまです。私たちは脇役であり、主役を照らす照明係です。カフェ業界は歴史に学び、「温故知新」で考える大切さもあるでしょう。

永嶋 万州彦(ながしま・ますひこ)
フードビジネスコンサルタント/永嶋事務所 代表取締役
1969年株式会社ドトールコーヒー入社。常務取締役を歴任後、1986年に独立。フードビジネスコンサルタントとして、新規事業の開発、フランチャイズパッケージの開発業務を中心に活動する。著書に『人気のカフェをつくる本』『繁盛するカフェ成功開店法』(旭屋出版)などがある。
高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
(写真=iStock.com)
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