45歳バツイチ係長が「孫子」を悪用してしたこと
これは『孫子』により、僕の人生が一変するストーリー……。
僕の名前は山田たかし。45歳。中堅企業の係長。バツイチ。腹はだらしなくたるみ、毛髪はまばらに薄れ、家と会社を往復する毎日。そんな日々に慣れきっていた。もうドキドキすることなんて何もないと思っていた。そう、あの時までは……。
高音葉奈(たかねはな)さん。入社2年目の新人で、退屈だった僕の日常を劇的に変えた運命の女性。部署をまたいだ飲み会で初めて彼女を見た時、僕の鼓動は脈打ち、顔は恥ずかしい程に真っ赤になった。20代の頃の若かりし血潮が騒ぎ出したんだ。
けれど、高音さんの隣には朗らかに笑いかける男がいた。伊集院ひろし。26歳。一流大卒のイケメン。彼女と同じ部署で社内ではちょっとした有名人だ。若手のホープで、この年で社運を左右するほどのビッグプロジェクトに関わっている。昨年ようやく係長になったばかりの僕とは天と地ほどの差があるエリート超人……。
明るく笑い合う2人の若者を見て、僕は意気消沈して飲み会を途中退出した。高音さんと伊集院が特別な関係にあることは明らかだった。ハハ、お似合いの美男美女だ。
けど、肩を落としながらの帰り道、書店の前を通りかかった時、僕の目に一冊の本が飛び込んできた。『孫子』――。古代中国の兵法書だ。現代でもビジネスシーンにその教えが応用されているという。
何の気なく『孫子』を手に取り、パラパラとページをめくった瞬間。まるで雷が直撃したかのような衝撃が僕を襲った! そして、直感的に悟ったんだ。孫子はただの戦争理論書ではない。これは……恋愛指南書だ! 孫子に書かれているのは人間真理。ゆえにビジネスにも恋愛にも応用可能! 僕はその夜のうちに孫子を読み終え、そこから大切な9つのルールを引き出した。そして、この日から僕の人生は一変したんだ……。
孫子から学んだ1つ目のルール。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」。戦争は国家の命運を左右する重大事だ。ゆえに何となく戦って何となく負けるようではダメダメだ。僕の場合で言えば、いきなりダメ元の告白などしてはいけない。
まずは敵と自分の戦力差を冷静に比較検討すべし。比較して勝機を見出した時にしか戦ってはならない。この分析には幻想や願望を交えてはならず、冷徹な眼差しで事実のみを直視することが大事だ。僕は厳格かつ冷徹なる眼差しで自分と伊集院の戦力差を分析してみた。
……えーっと、まずルックス。伊集院は若く凛々しくハンサムで身体も引き締まっているな。一方で僕はと言えば、中年で生気に欠け、顔もまずく、腹はたるんでいる。いや、だが、これらは言い換えれば、大人の落ち着きがあり、親しみやすい顔つきで、若者にはない受容力を備えた身体と言えるだろう。うむ、総合的に言って互角だな。