「孫子」の9つのルールで若いクソ社員をとっちめる

学歴は……伊集院は東大卒で僕は三流私大卒だが、まあ昨今は少子化により大学にも入りやすくなっていると聞くし、概ね同程度と考えて良かろう。仕事上の手腕は……伊集院は遣り手とされているが、まだ年が若く失敗していないだけで、そのうち失敗を連発して、僕と同程度の評価に落ち着くはずだ。となると、これも互角。

こうして、僕は願望や幻想を排除した冷徹な眼差しで、自分と相手とのスペックを順次比較検討し、最終的な結論を出した。……いける! 伊集院恐るるに足らず! 百戦危うからず! 僕は孫子を片手に雄々しく立ち上がったのだ!

伊集院のクソから高音さんを略奪できる勝算は十分にあると分かった。だが、迂闊に攻め込んではいけない。孫子のルール、その二。「兵は詭道なり」。戦争はルールなき騙し合い。恋愛も同じだ!

続いて孫子のルール、その三。「間諜(スパイ)を用うべし」。戦いのカギは情報だ。相手の状況を熟知しておけば様々な作戦が立てられる。伊集院のようなリア充はフェイスブックでの近況報告を欠かさないので、これをチェックすれば仕事上の現況は概ね掴める。……クッ! 高音さんとのステータスが「交際中」になってやがる。死ねばいいのに。

調査の結果(まさか伊集院の日記を一年も遡って読むことになろうとは)、伊集院は今まさにビッグプロジェクトの佳境にあり、お得意様の接待に使える店を物色中であると分かった。そして、心優しい高音さんは伊集院の力になりたいと思っているようだ。僕はこの点に目を付けた。

知り合いを介して高音さんと伊集院に接触した僕は、「接待に向いたお店を紹介する」と2人に持ちかけた。高音さんは喜び、伊集院のクソは何度も僕に頭を下げて、感謝の意を熱烈に示した。愚かな奴だ。

孫子のルール、その四。「虚を衝くべし」。高音さんと伊集院との食事をセッティングしたが、伊集院の目の前でバカ真面目に高音さんを口説く必要はない。事前に伊集院を排除できればそれに越したことはなく、つまり、陽動作戦だ。

孫子によれば、絶対に座視できない地点を攻撃すれば、敵は救援に行かざるを得ない、その隙を衝くべし、という。なるほどな。

というわけで、僕は伊集院が席を立った隙に、奴のパソコンを強制終了した。画面がプツリと消えて、明日の会議に備えて作り上げられたばかりのプレゼン資料が電子の虚無へと消え去った。トイレから戻った伊集院の悲鳴を背に、僕は高音さんとの約束の店へと向かった。伊集院はこれで徹夜コース決定。朝まで邪魔は入らない。