実は、その具体的な内容は時代の変遷に応じてかなり大胆に変容してきているのだが、そうした面にもこの国の変化適応力の強さがうかがわれる。「救うべきは仕事や事業ではなく、個人である」とはスウェーデン人が好んで使うフレーズだが、今回の訪問ではデジタル変革時代にふさわしい次のフレーズを聞いて感銘を受けた――「われわれが恐れるのは新しい技術ではなく、古い技術である」。変化を恐れて時代の潮流に背を向けるのではなく、時代に取り残されることを恐れて変化を積極的に受け入れる、という意味だ。戦前は貧しい農業国であったスウェーデンが、わずか数世代の期間に世界で最も豊かで先進的な国のひとつへと発展できた秘密が、この言葉に集約されている。

第5に、異なる経済主体間が立場を超えて話し合い、協力する文化である。スウェーデンの政治体制は、コーポラティズムやトリパティズムと呼ばれ、産業界、労働組合、そして政府が密に連携し、時代に合った形で経済社会のシステムをトータルに改革してきたところに特徴がある。その連携は密接かつ柔軟で、今回もそれを垣間見ることのできた事例を聞いた。

スウェーデンは2000年代に入り、ユルケスホーグスコーラと呼ばれる高等職業教育の仕組みを導入した。これはまさに産官学の密な共同連携によるもので、実践的な即戦力人材を育成し、着実な経済成長を人材面で支える役割を果たしている。

国家予算を使いつつ、全体の運営は地方自治体が担うが、企業のニーズに沿った産業・職業分野に重点をおいたプログラムが柔軟に実施される。教育実施機関の多くは生涯学習のための職業専門学校であり、企業が実習コースとして学生を受け入れるプログラムも組み込まれ、実践的なスキルが身に付くようになっている。

今回ヒアリングに応じてくれた産業団体幹部は次のように語ってくれた。「われわれは企業へのヒアリングを通じて、現在および将来不足する職業をマッピングし、そのニーズに焦点を当てたプログラム開発を柔軟に行っています」。その結果、卒業生の就職率は9割を超え、学生の過半がそのまま実習企業に就職しているという。政労使および産官学の積極的な連携のもとでの、データに基づく企業ニーズの取り込みと柔軟なプログラムの改変―わが国でいま必要性が議論される職業教育・リカレント教育を、成功させるための秘訣はここにある。

両国のパフォーマンスの差はどこから生まれたか

第6に、社会の在り方の大枠についての国民全体の共通意識に裏付けられた、政策の大方針の一貫性である。実は日本とスウェーデンは、1980年代まで、低失業社会で所得分配が公平、さらには政治が利益誘導的になっていた点で、多くの共通点を持っていた。90年代初めにバブル崩壊を経験し、政権交代も起こったという点でも類似点がある。

しかし、現在、その経済パフォーマンスは対称的である。その差を分けた一つの重要な要因は、政策の大方針の一貫性であろう。わが国では民主党への政権交代により、それまでの政策との連続性が断ち切られ、政権運営は機能不全に陥った。さらに自民党が返り咲いてからは、消費増税を含む社会保障税一体改革についての3党合意という、数少ない民主党政権の成果がなし崩し状態となった。

これに対しスウェーデンでは、グローバル化への前向きな姿勢や受益と負担のリンケージ(結びつき)を強めて財政健全化に取り組むという基本路線について、政党の立場を超えて共通認識があり、経済合理性を尊重した政策の大方針にぶれはなかった。

こうしてみれば、1項目から3項目はこれまで日本でも取り組まれてきたこと、あるいは、まさに現在取り組んでいるものである。しかし、実はそれを成し遂げるには、4項目から6項目までが重要だということである。それなしに、さまざまな政策を講じても、長期的にみて成果の上がる本物の改革につながらない。4項目から6項目の底流にあるのは、結局、スウェーデンは歴史的に東にロシア、南にドイツという大国・強国の脅威にさらされてきた、人口1000万人余りの小国であるとの危機意識である。それは、過去の蓄積とそれなりの規模の経済であることに安住している国とは異なる。

米国政治の混迷と中国の大国主義への傾斜という世界情勢の激変のもとで、人口減少も相まってわが国が「極東の小国」に落ちぶれるリスクにさらされている現実から、われわれは目を背けるべきではない。北欧の利点を説くとき、小さい国だから特殊だとあしらう声がよく聞かれるが、その小国ゆえにある健全な危機意識こそわが国が真に学ぶべき点である。

山田久(やまだ・ひさし)
日本総合研究所 理事/主席研究員
1987年京都大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)入行。93年4月より日本総合研究所に出向。2011年、調査部長、チーフエコノミスト。2017年7月より現職。15年京都大学博士(経済学)。法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科兼任講師。主な著書に『失業なき雇用流動化』(慶應義塾大学出版会)
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