実戦的訓練の最初は期間も短く、体力的にもまだ力が残っているので、それほど過酷さを感じる隊員はいません。しかし、徐々に任務の期間が長くなり、食料や睡眠時間も減らされていきます。食料が底をつき、リーダーやチームのメンバーが脱落した状況でも、命じられた任務を絶対に達成できるチームや隊員を育成する。それがレンジャー訓練の目的です。
「そこまで追い込むぞ!」という訓練
レンジャー訓練では、メンバーに対してほぼ一対一の割合で教官がつき、さらにその陰で支援するサポーターが大勢、配置されます。メンバーが失神しても教官がすぐに助け、負傷したり、病気になっても教官とサポーターがベース拠点に連れて帰る安全管理体制が整えられています。これは基礎訓練から実戦的訓練の両段階まで、メンバー個人の肉体的・精神的限界を体験させ、「そこまで追い込むぞ!」という訓練であることを意味します。
教官はマンツーマンに近いかたちでメンバーを見ているので、肉体的に弱い者には体力の部分で追い込み、精神的な弱さがある者には、後半の実戦的訓練の厳しい状況でリーダーを任せて追い込んだりします。そのなかで本人に自らの精神的・肉体的な限界を自覚させておけば、真の戦いでは、倒れてチームの足手まといになる寸前まで行動できるのです。
すべての任務を達成すると、レンジャー徽章が授与されますが、レンジャー徽章の取得自体は昇進が有利になるわけでも、手当が出るわけでもありません。得られるのは、名誉とプライドだけです。
訓練の前後で隊員は別人のように変わる
ところが、驚くべきことに、レンジャー訓練の前後で、隊員は別人のように変わります。自らの限界まで挑戦したという自負心、大概のことでは自分は潰れることはない、何があっても生き延びて戦えるという自信に満ちた表情を、レンジャーを終えた隊員は見せてくれます。自分に対して自信をもつということは、体力的・精神的な極限を経験することにより、弱みも強みも含めて自分自身を知り、自らの可能性を覗けたということでしょう。
それがあるからこそ、レンジャー訓練は現場のリーダーとして成長するための、あるいは自衛官としての生涯に大きな転機となるのです。若い隊員は、チームの中核となり、より積極的に困難な任務にも取り組むようになります。若手幹部は、極端にいえば自分の父親のような年齢の部下も多くもちますが、彼らを指揮・統率していくうえでも大きな自信となります。
彼らは通常の部隊に戻ると尊敬の眼差しを向けられます。レンジャー徽章をもつ隊員がいることで、その所属部隊も活気づくのです。レンジャー訓練は個人の成長だけでなく、その隊員が所属する組織にとっても有用といえるでしょう。
もちろん、ビジネスの世界でレンジャー訓練のような過酷な研修を実施することは難しいかもしれません。しかし、自分は普段これだけの負荷を自らにかけている、という自信こそが、ビジネスの世界においても自分が困難な状況に置かれたとき、そうではない人と比べて大いなる力を発揮してくれるのではないでしょうか。