逆にいえば、自衛隊にとってはパフォーマンスを高めるためにこそ、体力を向上しなければならないということです。後述するレンジャー訓練は選抜された一部の隊員が受ける特殊な訓練ですが、一般隊員の一日も、朝礼前の小部隊単位による自衛隊体操、あるいは軽いジョギンクなどから始まります。
よく誤解されますが、自衛官といえども決して一日中運動をしているわけではなく、多くの時間を占める訓練や他の業務を通じて必然的に体力が維持され、向上しているというのが実態です。一日の課業が終わると、多くの隊員はスポーツ活動や駆け足などで自らを鍛えています。現在は高級指揮官も自らを鍛えています。体力錬成においてもリーダーが率先する、姿を見せるということは大切なことなのです。
自衛隊では年に一度、体力検定が行なわれます。個人ごとに走る、投げる、飛ぶなどの基礎的な体力を検定し、年齢ごとに設けた基準で級づけします。受験すること、合格することは昇任選考でも考慮されます。
少しストレッチしないとできない任務がなぜ重要か
ここでは、そうした身体トレーニングの究極に位置する、自衛隊で最も苛酷な訓練を紹介しましょう。陸上自衛官全員でも、たった数%しか修了者の証である徽章を有していない「極限の訓練」。徹底的に精神と肉体を追い込むことで、真の戦いにも絶対に負けない戦士としての技術と身体と心を手に入れる。それが「レンジャー訓練」です。
レンジャー訓練とは、体力づくりや野外でのサバイバル技術の習得をはじめ、ロープを使った登降技術、襲撃などの各種戦闘技術訓練を行なったうえで、さらに実戦的な訓練に移行し、さまざまな難易度の任務をクリアしながら、体力・精神力・忍耐力・協調性を徹底的に養う、約三カ月もの長期訓練です。陸自、海自、空自の三自衛隊のなかでは唯一、陸上自衛隊だけがレンジャー訓練を実施し、修了者にはレンジャー徽章が授与されます。
一度の訓練に参加するのは、一般隊員から選りすぐられた約20人。そこで想定される実戦シナリオは、少数精鋭の部隊として、主力部隊とは別に行動しながら糧食の補給を受けずに敵陣深く侵入し、重要目標を攻略するという、困難な任務を遂行することです。選抜試験に合格した陸上自衛官だけが、レンジャー訓練を受けることを許されます。
前半の基礎訓練では、重量3.5キログラムの小銃を両腕で胸の前に抱えた姿勢で16キロメートルのオフロードを駆け抜けたり、ロープ技術やゴムボートの扱い方など、戦闘に必要な技術を一通り習得します。隊員はペアになってお互いをバディと呼び合い、訓練修了まで助け合ったり、励まし合ったりして信頼関係を深めていきます。
後半の実戦的訓練では、一日で終わる任務、二日をかける任務、三夜四日の任務……と徐々に作戦期間を延ばしながら任務の難易度を上げていき、最終的には約一週間にわたって連続で行動する任務のシナリオが与えられます。