自衛隊の戦略と、いわゆる経営戦略には、根本的に異なっているところがある――。自衛隊トップの役職である統合幕僚長を務め、映画『シン・ゴジラ』の統幕長のモデルともされる伝説の自衛官・折木良一氏。折木がビジネスパーソンに伝えたいという「戦略」の本質とは――。(第2回)

※本稿は、折木良一『自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)を再編集したものです。

PDCAサイクルよりもIDAサイクル

ビジネスパーソンが体得すべきものとして、さまざまな技術やノウハウがビジネス書のかたちで出版されています。その筆頭にあげられるのが、PDCAサイクルではないでしょうか。Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)を継続的に繰り返すことで、業務を改善したり、戦略を組織に浸透させたりするマネジメント手法です。

折木良一『自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)

現在では、個人レベルの仕事の目標管理にも応用され、少しでもパフォーマンスを上げたいビジネスパーソンの心をつかんでいるのではないでしょうか。

多くのシーンでPDCAサイクルという考え方は有効に機能すると思いますし、自衛隊でも、戦略・作戦の実行のあと、AAR(アフター・アクション・レビュー)というかたちで、それを評価し、改善するというプロセスを実施しています。

その一方で、テクノロジーなどの発展によって、世の中の変化のスピードが以前と比べても圧倒的に速くなり、しかもそれが複雑化するなかで、PDCAサイクルという考え方が時代の変化にどこまで対応できるのか、という部分もあるように感じられます。

たとえば、PDCAサイクルでは、第一に、計画(Plan)の策定ありきで事が進みますが、その計画を策定しているあいだや、あるいは策定後に、計画策定の前提自体が変わってしまうことがあります。

前提条件が変わってしまった段階で、その計画は策定する必要がなくなってしまいますし、そのなかで無理に計画を策定しようとしても、不完全な計画ができあがるだけでしょう。当たり前ですが、そこで計画策定に要した時間もムダになります。

また、現場からのフィードバックに基づいてPCDAの最後に当たる「改善」のアクションを行なうのは、計画を実行してからになりますが、その方針転換にはサイクルが一周してから手をつけることになります。そのあいだに環境の変化に対応できず、企業であれば競合他社に後れをとるリスクもあるかもしれません。

さらには、きれいなPDCAサイクルにこだわるあまり、「想定外の事態」を計画から排除してしまう、変数としてカウントしないようにする、ということも考えられます。

「絶対に負けることが許されない」

それでは、自衛隊は作戦を実行する場合、そこでどのような考え方を基礎にしているのでしょうか。もちろん教育訓練など状況が複雑でないものの場合には、PDCAサイクルの考え方を適用し、訓練成果を積み上げていくことができます。しかし、現実の戦いの場を想定した場合は、そうもいきません。

戦いのなかでは、あらゆる状況が生起し、それが絶えず変化していきます。しかも、作戦の場合、一度実行がうまくいなかなかったから、それをフィードバックして改善する、という悠長なことをしている時間はありません。自衛隊が担っているのは、日本国民の方々の生活や生命であり、もし作戦が失敗した場合、最悪の場合、そこで待っているのは、国家の崩壊です。つまり自衛隊の戦略とは、その勝負において「絶対に負けることが許されない」という考え方に基づいたものなのです。

だからこそ、自衛隊ではPDCAサイクルよりも、実行段階では前回の記事でも言及した「IDA」サイクル、いわゆる情報(Information)、決心(Decision)、実行(Action)サイクルを重視しているのです。あくまでもPDCAサイクルは、マネジメント手法として理解したほうがよいでしょう。