なぜ私は東日本大震災のとき、福島第一原発に対してヘリ放水を「決心」したのか――。当時、自衛隊トップの役職である統合幕僚長を務め、映画『シン・ゴジラ』の統幕長のモデルともされる伝説の自衛官・折木良一氏が、自らの経験を振り返りながら、その戦略の「源流」を語る――。(第1回)

※本稿は、折木良一『自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)を再編集したものです。

『シン・ゴジラ』を観て思い出した苦闘の日々

「礼はいりません。仕事ですから」

この台詞をご存じの方も多いことでしょう。2016年7月に公開された大ヒット映画『シン・ゴジラ』で、國村隼氏演じる財前正夫統合幕僚長が、東京を破壊し尽くした生体原子炉をもつゴジラを凍結させる「ヤシオリ作戦」を前にして、主人公である矢口蘭堂(長谷川博己氏)に向けて語った言葉です。

折木良一『自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)

東日本大震災と福島第一原発事故をモチーフにしたともいわれる『シン・ゴジラ』は、セットのつくり込みから、震災にまつわるさまざまな考証までが話題になりました。地上波初登場となった2017年11月12日の放送でも、平均視聴率15.2%という高視聴率で、関連ワードがツイッターのトレンドを軒並み席巻するなど、反響を呼んだことは記憶に新しいと思います。

大震災当時、自衛隊制服組トップの統合幕僚長として、未曾有の災害と原発事故に対応した身としても、あらためて『シン・ゴジラ』という作品は、苦闘の日々と、国民の皆様からの励ましの声を思い出させてくれました。

映画の「ヤシオリ作戦」では、日米の陽動作戦によって倒されたゴジラの口中に特殊建機の高圧ポンプ車から管が突っ込まれ、大量の血液凝固剤や抑制剤が投与されました。あの場面を観て、ヘリコプターや放水車を使って福島第一原発に向けて冷却水を注ぎ込んでいた自衛隊、警察、消防の姿を想起した方も多いのではないかと思います。

「戦略」に不足している部分がある

「ヤシオリ作戦」が、作戦の途中でゴジラが再び暴れ出した場合の備えを含む五段階のプロセスを経て実行されたように、原発に向けたヘリコプター放水の背後にも、自衛隊ならではの作戦立案のプロセスがあり、作戦遂行に伴う判断がありました。

「あの当時、自衛隊はどんな作戦を実行していたのか?」。とくに『シン・ゴジラ』の公開後には、そうした質問をいただくことも増えました。

「作戦」の上位概念である「戦略」といえば、いわゆる企業戦略や経営戦略という言葉が浮かびますが、私が自衛隊において実施してきた「戦略」は、いわゆる経営学で使われるような「戦略」とは、大きく違うところがあります。

その一方で、ますます世界が不透明化し、あらゆるものに対して即時即応の対応が求められる時代のなかで、経営学をはじめとする「戦略」に不足している部分があるのではないか、ということも、退官後、数多くのビジネスパーソンとお付き合いするなかで感じることがあります。

もちろんビジネスや経営については私は門外漢ですが、そうした視点で自らが培ってきた特殊な経験が、人々の役に立てることがあるのではないか。そう感じたことが、本書を著した動機です。