働く両親の姿を誇らしく思う息子

糸島に戻り、もう1年レストランで働いた後、開業資金1200万円で念願の店を開いた。店名の「ダンザ パデーラ」は、イタリア語で「踊るフライパン」の意味。店内は100平方メートル弱と広く、その家賃は月14万円だ。

所狭しと並べられた糸島野菜をふんだんに使ったメーン料理は、開店するやいなや瞬く間になくなっていく(写真上)。厨房で手際よく調理していく平野さん(写真下)。そして、店内での接客は香織さんの担当で、夫婦だけに連携もばっちりだ。

「糸島野菜を出す店はたくさんありますが、料理の一部だけだったり、思う存分食べたいお客さまには、不満なことがわかりました。それなら糸島野菜を主体にしたメニューを取り揃えたら、潜在需要が掘り起こせるはずです」

そう語る平野さんの目論見は見事に当たった。初日に全27席が埋まった。メーン料理は25種類。それにデザートとドリンクを加えて、料金は大人1500円だ。「最初のうちは多少凸凹のあった客足ですが、1カ月後のゴールデンウイークから現在まで、ほぼ毎日、満席状態で、27ある席が1日2回転しています」と平野さんはいう。

週5日営業で、月商は約140万円。仕入れや家賃に水道光熱費などの経費を引くと、手元に残るお金は30万円ほど。そこからローンや学資保険、貯蓄に回すお金などを除き、約20万円で家族4人で暮らしている。

「一般的には世帯収入が月30万円では少なく思えるかもしれませんが、今の生活にぼくも妻も満足しています。決して贅沢はかないませんが、好きなことができて、生計も成り立っています。糸島の世帯年収360万円は、東京の500万〜600万円に相当するのではないでしょうか」(平野さん)

店の近くに子どもが通う保育園があり、園児たちが散歩で店の前を通り過ぎていく。「ウチの息子は誇らしそうに先頭を歩いているんです。両親が楽しく働く姿を子どもたちに見せられることが、きっといい影響を与えているのでしょう。糸島に移住して自分たちの店を開くことができて本当によかったです」と平野さんは話す。

お店を入ってすぐの壁に、糸島に住む画家の大きな絵が飾られている。料理を盛る皿の一部も、地元の陶芸作家の作品だ。「ダンザ パデーラには『糸島の今』があります。いろいろな作家さんの作品をここで体感してもらえたら、それが店の魅力にもつながっていくでしょう」と楽しそうに話す平野さんの足は、糸島の地にしっかりと根を張っているかのようだ。