<strong>土屋賢二</strong>●1944年、岡山県生まれ。東京大学文科一類に入学し文学部哲学科を卒業。現在、お茶の水女子大学教授。論理的かつナンセンスなユーモアエッセイの書き手としても孤高の地位を占める。最新刊『ツチヤの貧格』。
土屋賢二●1944年、岡山県生まれ。東京大学文科一類に入学し文学部哲学科を卒業。現在、お茶の水女子大学教授。論理的かつナンセンスなユーモアエッセイの書き手としても孤高の地位を占める。最新刊『ツチヤの貧格』。

20世紀以降、英米を中心に発達したのが分析哲学。19世紀までの哲学では、分厚い著作物を全部読み通さなければ哲学者が何をいいたいのか理解できなかった。これに対して、誰もが理解できる言葉でクリアに論じるのが分析哲学であり、論文の長さも数十ページ。現在では世界各国で発表される哲学論文のうち8~9割は分析哲学の手法をとるようになっている。最良の入門書といえるのが『分析哲学入門』だ。哲学で最も重要なことは論証なのに、入門書の多くは哲学者の名前と学説を並べるだけ。だがホスパーズは、彼らが「何を問題としたのか」「どういう解決策を、どういう理由で打ち出したのか」、そして「どんな問題点が残され、それを克服するためにどんな案が出されたか」を説明する。哲学を学ぶ学生には勧める本だ。

プラトン以来のギリシャ哲学は西洋の知識人にとっては教養の基礎。ここでは比較的理解しやすい本を挙げてみた。プラトンの諸作は師であるソクラテスがいろいろな人と議論した様子を描いている。『プロタゴラス』は当時の代表的な知識人だったプロタゴラスと論争し、こてんぱんにやっつけるという内容だ。プラトンが描くソクラテスはいつも「自分は何も知らないので……」と専門家に近づき教えを請う。芸術家には美とは何かを問い、政治家には正義について問う。そして最終的には、その専門家が何も知らないことを暴露して終わる。ソクラテス自身も知らないわけだが、「知らない」ことを自覚しているだけマシであるという論法だ。

その議論をおもしろがって若者たちがソクラテスに付いて歩くようになり、さらには真似をして専門家らに議論を吹っかけるようになったので、危機感を抱いた権力者サイドがソクラテスを告発して裁判にかける。その模様を描いたのが『ソクラテスの弁明』だ。師の刑死という大事件を扱っているにもかかわらず、あくまでも論理的で淡々としたプラトンの筆致がすばらしい。