今回の箱根駅伝で監督として単独最多(9回)の優勝を果たした青山学院大の原晋さんは中京大学を卒業後に中国電力に入社。実業団チームではケガで実力を発揮できぬまま現役を引退し、営業マンとして必死に働いた。その際の苦労や経験が今、駅伝監督として選手に向き合う際に生きているという――。

※本稿は、原晋『決定版!青学流「絶対王者の鉄則」』(祥伝社)の一部を再編集したものです。

記者会見する青学大の原晋監督=2025年12月10日、東京都内
写真提供=共同通信社
記者会見する青学大の原晋監督=2025年12月10日、東京都内

「実力主義」は「公平さ」とセットで、初めて意味を成す

青学大には「第2寮」があります。

その名の通り、2軍の選手が過ごす寮で、町田にある一棟建ての寮の他に、3LDKのマンションの部屋を3つ、部として借りています。

ケガをしたり、成績が振るわなかったりすると、町田の寮から「2寮」に行くことになるのですが、そもそも1軍寮の収容人数がキャパをオーバーしているため、10名前後はそこで過ごさざるを得ないのです。

これまでは、前期後期に分けて選手を振り分けてきました。ですが、今は選手の入れ替わりが激しく、4カ月に一度のタイミングで振り分けをしています。

選手には「頑張れよ、これで終わりじゃないぞ」と声をかけますが、実際に2寮のほうがじっくりと練習する分には環境がいいところもあるのです。

まず、場所が大学の相模原キャンパスの近くにあるので、通学に時間がかかりません。学生食堂で食事が出ますし、トレーニングマシンが置かれたフィットネスジムもキャンパス内にあるので便利です。

一番の違いは、1軍寮には私やコーチが常にいるけれど、2寮には指導者がいないこと。その代わり、学生のマネージャーが各部屋にひとりずつつき、彼らが1軍に戻そうと一生懸命世話を焼いてくれるのです。

【図表】箱根駅伝挑戦22年の記録