<strong>谷内正太郎</strong>●1944年、石川県生まれ。前外務事務次官、早稲田大学日米研究機構日米研究所 客員教授・慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特別招聘教授。
谷内正太郎●1944年、石川県生まれ。前外務事務次官、早稲田大学日米研究機構日米研究所 客員教授・慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特別招聘教授。

オバマ新大統領は果たしていかなる外交方針を取ってくるのか。外交史の流れの中から予期できることがないわけではありません。中江兆民の『三酔人経綸問答』を読むと非常に収穫が大きい。

この本は、酔って政治を論じるのが好きな「南海先生」のもとに、ある日、「洋学紳士」と「豪傑君」という2人の客が訪れるという設定。酒を飲みながら3人で天下国家の趨勢を語り合い、民主主義の可能性を追求していく内容です。ユニークなのは、登場人物のキャラクター分け。「洋学紳士」は、普遍的な価値を重視する理想主義者。一方、「豪傑君」は勝ちを好み、負けを嫌うのが動物の本能であると語り、日本は外国に侵攻して国を拡大すべきであるという現実主義者。「南海先生」は基本的には現実主義の考え方を持ちながら冷静な態度も示していく。3人のやりとりを読み進めるうちに、いわゆる理想主義と現実主義は実は対立するものではなく、理想をきちっと守り追求しながらも現実のプロセスを大切にしていくことが可能なのではないか、そういう考え方が望ましいと感じられるようになります。アメリカでいえば、ブッシュ大統領は「豪傑君」、オバマは「洋学紳士」を思い浮かべる人もいるかもしれません。もちろん、そんなに単純な話ではありませんが。

ジョージ・F・ケナンの『アメリカ外交50年』にも触れられていますが、アメリカ外交は歴史上これまで、孤立主義(モンロー主義)と介入主義の相反する主義が入り交じり、その中で揺れ動いてきました。

イラクに攻め入ったブッシュの場合、介入主義に見えます。でも、あの米単独行動の背景にあったのは独裁者サダム・フセインを倒して民主主義の拠点を築きたいという理想。とりわけ初期のブッシュ政権を支えたいわゆるネオコン的論客にはもともとは民主党左派の人も多い。人権や自由や民主主義といった理想や理念に強く燃えていた人たちでした。その実現のためならと武力の行使を容認した。しかし、ブッシュには併合して植民地化しようという気はない。結果的には介入主義でしたが、中江兆民のいう「豪傑君」とは似て非なる存在だったということになります。

そもそもアメリカの外交の流儀には介入・孤立主義とは別に、4つのタイプがあると言われています。

 一つは、叩き上げの軍人として米英戦争で英雄となり、大統領にまで上りつめたアンドリュー・ジャクソン大統領(第7代)の外交スタイル“ジャクソニアン”で、これが「豪傑君」の考えに近い。次に、第一次世界大戦時の大統領ウッドロー・ウィルソン(第28代)式の“ウィルソニアン”で、これが「洋学紳士」に近い。三つ目は、ワシントン大統領の下で初代財務長官を務め対外関与に積極的だったアレキサンダー・ハミルトンに由来した“ハミルトニアン”で、これは「南海先生」に近い。四つ目は、国内の安定と発展を第一に考えたトマス・ジェファソン大統領(第三代)のような大陸国家(孤立主義)的な考えを持つ“ジェファソニアン”。