日本の負担増は必至、ドルの信認も揺らぐ
特にメディアが警戒心を隠さないのは、自身に批判的な報道を非難し、記者を名指しで罵倒したり、名誉棄損の法律を強化すべきだと息巻いたり、一部の媒体や記者に一定期間、取材許可を与えなかったりしたことも影響している。全米記者クラブは今年5月、トランプを、報道の自由を脅かす、反民主主義的で危険な候補者として、声明を発表した。
保守系メディアのなかにもクリントンを支持する媒体が出ている。米主要政治経済誌『フォーリン・ポリシー』は10月、特定の政治候補者を支持したことがないという伝統を破り、クリントンの支持を表明。トランプを「人種差別主義で女性嫌悪」とし、「米国にとって最大の脅威の一つ」と糾弾した。
「米国優先主義」を掲げるトランプは、外交についても奔放に発言している。地政学のリスク分析が専門の政治学者イアン・ブレマーは9月22日、こうツイートした。
「トランプは、米国の政治機関や価値を脅かす」
ブレマーは、筆者とのインタビュー(9月27・28日付ニュースソクラ)でもトランプの危険性を指摘しており(※2)、米政治誌『ポリティコ』への寄稿(6月3日付)では「トランプのトップリスク」を挙げている。彼によれば、中露、北朝鮮、テロなど、予期せぬ危機に対し、トランプは虚勢を張って過剰な行動に出る恐れがある。一貫性のない外交政策で、敵・同盟国に誤算のリスクが高まり、米国が挑発される機会は増す。
「トランプ大統領」という不安定要因は、基軸通貨としてのドルの価値や信認性を弱体化させるリスクが大きい。「不確実性」を何より嫌うウォール街が否定的なのも当然だ。
トランプが大統領になれば、安全保障や貿易交渉で、日本に負担増を迫るだろう。トランプは環太平洋経済連携協定(TPP)を猛批判しており、保護主義に走るとみられている。北大西洋条約機構(NATO)の欧州加盟国にも負担増を求めるはずだ。その結果、同盟国の米国離れに拍車がかかり、ブレマーが予測するように、中国やロシアにヘッジする国が増える。反イスラム的姿勢がテロを誘発する恐れもある。
米国では、すでに影響が出始めている。米人権擁護団体「南部貧困法律センター」の報告書『トランプ効果』によると、今回の大統領選は、有色人種の児童に「憂慮すべきレベルの恐怖や不安」を与えている。たとえば、ある中南米系の高校生は、強制送還を恐れて、米国の出生証明書を持って登校しているという。
『ニューヨーク・タイムズ』の人気コラムニスト、ニコラス・クリストフは、8月13日付のコラムで、「われわれは、政党やイデオロギーに加え、アイデンティティーによっても分断されている」と書いた。
トランプが負けたとしても、米国社会に残った大きなつめ跡は、容易には消えない。「移民の国」アメリカは分断を乗り越えられるのか――。
(文中一部敬称略)
※1:Financial Insecurity Higher for Those Who Favor Trump http://www.gallup.com/poll/196220/financial-insecurity-higher-favor-trump.aspx
※2:不安定な世界の行方/政治学者イアン・ ブレマー氏に聞く(上)News Socra( ニュース ソクラ) http://s.socra.net/y654o