「相手が得をする」で保護主義に陥る恐れ
環太平洋経済連携協定(TPP)の発効が危ぶまれている。2016年2月に日米など12カ国が協定文に署名したが、発効には各国の議会承認が必要となる。日本では近く議会承認が得られる見通しだ。ところが、米国では大統領選挙でTPPに強く反対するトランプ氏が当選したことで、これまでの交渉の努力が水の泡となる恐れが強まっている(※1)。
大統領選を争ったクリントン氏も、トランプ氏ほどではないが、TPPに対して否定的な発言をしていた。両氏は、TPPによる貿易自由化が米国の自動車産業などの製造業に大きな打撃を与え、失業をもたらすとして、TPPに反対してきた。
一方、日本においてもTPPに反対する声は根強くあった。たとえば「日本の農業が壊滅する」「食の安全が脅かされる」「国民皆保険制度が崩壊する」といったものだ。そうした反対意見の背景にあるのは「米国だけが得をするのではないか」という疑念であろう。
米国では「日本が得をする」と反対され、日本では「米国が得をする」と反対される。なぜTPPは各国で批判を集めてしまうのだろうか。
貿易の自由化はすべての国に経済的利益をもたらす。だからこそ、常に批判があったものの、自由化は徐々に進められてきた。欧州では1993年に欧州連合(EU)が発足し、北米では94年に北米自由貿易協定(NAFTA)が発効した。
90年代、世界の国々はGATTによる多角的貿易交渉による自由化から、2国間あるいは地域内での貿易交渉による自由化へと大きく転換したのである。
GATTの役割を引き継いで1995年に設立された世界貿易機関(WTO)のもとで、2001年からドーハ・ラウンドが始まったが、その交渉は未だにまとまっていない。
こうした流れを受け(図参照)、日本も02年のシンガポールとの経済連携協定を皮切りに、次々と地域貿易協定を締結し、貿易自由化を進めてきた。
地域貿易協定による貿易自由化は、経済のブロック化をもたらす恐れもある。WTOでは地域貿易協定による経済のブロック化や保護主義化の弊害を避けるため、一定の条件の下で地域貿易協定を認めている。
その条件の一つは、域外国に対して貿易協定締結以前よりも高い関税を課したり、厳しい貿易制限をしてはならないということである。この条件を満たすように地域貿易協定を締結するのであれば、経済のブロック化を避けることができるであろう。
1948年にGATTが成立した背景には、戦前の経済のブロック化や保護主義化に対する反省があった。それらが世界の国々の経済を停滞させたとして、戦後は貿易の自由化を通じて経済の活性化や実質所得の増加を図ろうとしたのである。
トランプ氏は、米国が輸入する日本車に対して高関税をかけるとまで発言していた。これは、TPPという地域貿易協定による自由化に反対するどころか、報復関税によって自国の産業を守ろうとする非常に保護主義的なものである。同氏はNAFTAの見直しについても言及しており、地域貿易協定による貿易自由化の流れが大きく転換することも否定できない。
昨今の状況は、貿易自由化の理念が忘れ去られ保護主義化が進んでいく危険性さえはらんでいる。今、政治家だけでなく国民が貿易自由化の利益をきちんと理解し、またその利益が享受できるような貿易自由化を進めていくべきであろう。