「人種差別主義者」と言われるほど有利に

まさかドナルド・トランプが共和党の大統領候補者になるとは――。多くの識者が「独裁主義者」と危険視する不動産王が、なぜここまで人気を得たのだろうか。

トランプは、泡沫候補だったときから異色だった。2015年5月16日、新緑がまぶしいアイオワ州デモインで開かれた恒例の「リンカーンディナー」で講演したときも、周囲から浮き、エキセントリックな雰囲気を醸し出していた。

このイベントには、当時、最有力と目されていたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事など、のちに共和党候補指名争いで火花を散らすことになる11人が登壇。当時、トランプは正式な出馬表明(6月16日)の前だったが、こわもてのボディーガードに囲まれてニコリともせずに会場を後にする姿には、見上げるような長身と大柄な体格も手伝い、人を寄せ付けない威圧感が漂っていた。

大統領選の取材で回った地方で、トランプ候補への評価を尋ねると、十中八九「クレイジー」という言葉が返ってくる。そんなトランプが、白人ブルーカラー層を中心に旋風を巻き起こした背景には、「誰も口にできない本音」を代弁してくれる、という有権者の期待感がある。米国に住む人であれば、誰もが最も恐れる「人種差別主義者」というレッテルを、あろうことか大統領を目指す人物が自ら買って出たのである。

反グローバル主義、反民主主義、ファシズム、デマゴーグ(扇動政治家)、ポピュリスト(大衆迎合主義者)、ヒスパニック系移民やイスラム教徒、シリア難民への差別・偏見、外国人嫌い、女性差別、障碍者蔑視、メディアへの締め付け、そして、ナルシシスト――。トランプに貼られたレッテルを挙げたら、きりがない。

だが、地方の有権者だけでなく、大都市に住む移民のなかにも、そんな彼の主張に「わが意を得たり」と共感する人が少なくない。近年の米国では、人種・国籍・性別・性的指向・宗教などにおける差別をタブー視する「ポリティカル・コレクトネス(PC=政治的・社会的正当性)」が強く求められているが、そこに欺瞞を感じ、怒りをもつ人たちも存在しているからだ。

トランプが取った行動は「ポピュリズム戦略」だった。グローバル化によるオフショアアウトソーシング(外国への事業委託)や優秀な若年移民労働者の流入を快く思わない人たちの不満をさかんに煽り、その怒りをわしづかみにした。