本を読む、ネタを書く、散歩する

「一冊の本と真剣に向き合い格闘するように読むこともあれば、時間が過ぎるのも忘れて楽しく読むこともあります。刺激的だったり、笑えたり、感動したり、何かを教えてくれたり、それは本当に素晴らしい時間です」

お笑い芸人であり小説家でもある又吉直樹は、この自伝的読書論の冒頭にこう記している。

『夜を乗り越える』又吉直樹著 小学館よしもと新書

彼と本、とりわけ文学との出会いは、中学校時代にさかのぼる。なかでも、彼のバイブルともいうべき太宰治の『人間失格』を読んだことが、読書にのめり込む大きなきっかけになった。主人公・大庭葉蔵の幼少期の描写が自分に重なったのだという。著者が「自分と同じ悩みを持つ人間がいることを知りました。それは本当に大きなことでした」と書いていることからもわかるように感受性の豊かな少年だったようだ。

1999年に高校を卒業すると、吉本興業のお笑い養成所に入るために上京する。そこは、全国から集まった自分が信じる笑いの力で教祖になりたい若者が500人もひしめくカオスのような場所で、様々な個性がぶつかり合っていた。群れから浮かび上がるには実力だけでなく、運もいる。この時期、著者は3年以内に世に出られなければ終わりだと自身を追い込んでいたという。

とはいえ、時間はたっぷりとある。彼は下宿していた「吉祥寺と三鷹にある古本屋をほぼすべて廻りました。西荻窪、荻窪辺りまで遠征に行くこともありました。何軒も見て歩き、店の表に出ているワゴンの中から安いものを買いました。それぞれの古本屋の棚は全部頭に入っていました。本を読む。ネタを書く。散歩する。これしかやることはありませんでした」という日々を過ごす。