天才肌の芸人・神谷との出会い

『火花』又吉直樹著 文藝春秋

青春には、先輩の背を見ながら成長する時期がある。この小説の主人公、売れない漫才師の徳永は、熱海の花火大会で天才肌の芸人である神谷と出会う。2人が20歳と24歳だった。華々しく打ち上げられる花火の前座という設定が、彼らの現実を如実に物語る。圧倒的な光と音の競演の前では、余興の漫才など簡単にかき消されてしまう。だが2人は、そんな不遇のなかにあっても芸の道を模索していた。

芸における天才性というものは、狂気と裏腹だといっていい。徳永が目にしたのは、舞台の前を通り過ぎるだけの見物客の顔を見て「天国行くのか地獄行くのかがわかる」という口上に次いで、片っ端から「地獄」を連呼する神谷の過激なネタだった。しかし、母親に手を引かれた幼い女の子にだけは、満面の笑みを浮かべ「楽しい地獄」とささやいたのである。徳永はそこに神谷のしたたかさと優しさを感じ、弟子入りを乞う。

ピースという、お笑いコンビについてはよく知らない。著者をじっくりと観たのは、昨年、BSジャパンで放送された「又吉直樹、島へ行く。母の故郷~奄美・加計呂麻島へ」という番組だった。鹿児島県奄美大島の南に位置する、母親の故郷を15年ぶりに訪ねるドキュメンタリーである。テレビ画面のなかの彼が、島の自然や伝説、島民との接した際に口にする言葉はとても内省的だった。本を読んでみようと思ったのは、この人の書く物語に興味があったからだ。