なぜ日本の「山崎」は「スコッチ」に勝ったか

【弘兼】僕はかつて松下電器(現パナソニック)にいましたが、サントリーと似ていて、社員の忠誠心がとても高い。その根底には創業者である松下幸之助さんの教えがあると感じます。日本的経営の強みです。

【新浪】その通りです。どんなに企業がグローバルになっても、創業精神という根っこをなくしてはいけない。だからビーム社にもサントリーの創業精神をしっかり理解してもらい、それに基づいて行動してくれと言っています。常に新しいものをつくり、それを世の中に伝達させ、そこで得られた利益を世の中に還元していく。創業精神とはそうしたものです。

【弘兼】「やってみなはれ」もそのひとつですね。

【新浪】はい。実現には長期的な視点が欠かせません。アメリカでは短期的な視点で報酬を得ようとしますが、サントリーの創業精神は必ず理解してほしい。だから僕は、ビーム社の経営幹部をもっと下から上げるようにしたいと考えています。

【弘兼】実現すれば大改革ですね。

弘兼「ビーム買収での相乗効果が出るまでに何年かかりますか」新浪「遅くとも3年後までにはお互いのよさを吸収できるはずです」

【新浪】ビーム社も同じ「ものづくり」の企業です。しかも創業は1798年で、サントリーより100年以上も古い。主力商品である「ジム・ビーム」はバーボンの中のバーボンです。日本的な創業精神が根付く土壌はあると思っています。

【弘兼】ビーム社の買収には1兆6500億円という巨額が投じられました。ただ強みを持つバーボンは、トウモロコシを原材料としたウイスキーで、消費のほとんどはアメリカです。今後、市場拡大は望めますか。

【新浪】世界の酒類市場は年率5%程度で成長を続けています。そのなかでもホワイトスピリッツ(ウオツカなどの蒸溜酒)より、ブラウンスピリッツ(ウイスキーなどの蒸溜酒)に人気が集まっています。つまり「何年か樽で寝かせる」という酒です。

たしかに欧州では(麦芽を原材料とした)スコッチ・ウイスキーが伸びています。生産に時間がかかるため世界的に供給は不足気味です。ただ、バーボンの人気も高いんです。欧州でもドイツではバーボンが飲まれていますし、ロシアや中南米、インドなども有力な市場です。さらに注目しているのは中国です。バーボンは少し甘みを感じる酒で、アメリカではワインも甘めが売れ筋。そして中国でもワインは甘いものが売れています。国ごとに味覚には違いがあると思いますが、これから中国ではバーボン市場も可能性があると思っているところです。

【弘兼】日本でもウイスキーの市場が復活しつつありますよね。

【新浪】はい。世界的な流行になっています。特に伸びているのは「プレミアムクラス」と呼ばれる高級酒。うちでは「山崎」や「響」ですね。

【弘兼】昨年発売されたイギリスのガイドブックでは「山崎シェリーカスク2013」が、初めて世界最高のウイスキーに選ばれました。サントリーの「ものづくり」が世界に認められたと思っていいのですよね。

【新浪】ウイスキーの生産技術は、1年で急速にブレークスルーを迎えられるような世界ではありません。品質向上に向けた努力を続けて、コツコツと改善を重ねるしかない。そしてとにかく丁寧につくる。手を抜かないことです。

【弘兼】だから本場のスコッチに勝つことができた、と。ブランドを維持するには、同じやり方を続けるだけではなく、地道な改善を重ねていく必要があるということですね。

【新浪】その通りです。

【弘兼】2015年12月には私の好きな「プレモル」も、2年9カ月ぶりの刷新が行われました。ビールでも改善を重ねるというのは同じですか。

【新浪】はい。どんなヒット商品であっても、お客さんの嗜好に合わせて変えていかなければ生き残れません。