目をそむけず、自分は何ができるかを考えよ

――そうした前向きな考え方が、辛い介護を少しでも楽にするのかもしれません。岸見さんが、お父さんに対して示すやさしさは、そんなところから滲み出てくるような気がします。

大抵は霧の中にいるような父が、ときとして霧が晴れるようにはっきりとする瞬間がありました。それはまるで接触不良だったマイクがいきなりつながり、音が出たような感じです。そんなときに、父が発した言葉が忘れられません。「忘れてしまったことはしかたがない。一からやり直したい」といったのです。だったら、私もそうしようと決めました。未来もそうで、先のことを考えると不安になりますが、いま思い煩う必要はありません。もし、いまよりも大変な日が来たら、そのときに解決していけばいいわけですから……。

父は84歳で亡くなりました。病院から連絡を受け、深夜、駆けつけた私と妻が見守る中、静かに息を引き取ったのです。振り返ってみても、十分に介護できたかはわかりません。ただ、あるとき「お前がいてくれるから私は安心して眠れるのだ」といってくれたことがあります。つまり私が、そばにいるだけで親に貢献していることになります。この貢献感もアドラー心理学の特徴で、自分の価値を実感することにつながりました。

母の看病と父の介護を通じて、私が掴んだものは親からの自立です。かつては元気だった親も、いつの日が1人では生活できなくなります。ただし、それをサポートすることはできたとしても、子どもが親にできることと、できないことはあります。そのことを理解していれば、老いた親を見守っていくことは負担にはなりません。もちろん、介護を取り巻く現状には厳しいものがありますが、目をそむけず、自分に何ができるかを考えていくことが大切です。

岸見一郎(きしみ・いちろう)
1956年、京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋古代哲学専攻)。現在、京都聖カタリナ高等学校看護専攻科(心理学)非常勤講師。日本アドラー心理学認定カウンセラー、日本アドラー心理学会顧問。著書に『アドラー心理学入門』『アドラー 人生を生き抜く心理学』『生きづらさからの脱却』『老いた親を愛せますか?』 などがある。共著『嫌われる勇気』はベストセラーに。
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