復興のシンボルを廃する苦渋の選択

第3回わかやま未来会議の会場には、和歌山出身の若手が60人以上集まった。

変える必要があるとわかっていても、人間は基本的に保守的な存在なので、いつかは業績が戻るとか、今変えてもリスクがあるだけだとか、変化を拒みがち。トップでさえ、なぜ自分の代で変えなくてはいけないのか、変えなくてもいいのではないかと思ってしまうものなのです。

しかし、決断が遅れたときには、会社はつぶれます。早く変えれば変えるほど、チャンスにつながると自分に言い聞かせなければなりません。

変化を嫌う気持ちに打ち勝てるかどうかは、従業員や株主への思いをいかに強く持てるかにかかっています。以前、雑誌の記事で、ある会社の経営者が「私は会社を“変える”ために“カエル”を飼うことにした」と話しているのを読んで、感銘を受けたことがあります。さすがに生きたカエルを飼うのは抵抗がありましたので(笑)、代わりにカエルの人形を買って社長室に置きました。いつもそれを見ながら、「変える、絶対に変えるんだ」と気持ちを強くしています。

変革の1つが高炉の休止です。製鉄にはスクラップを電炉で溶かす方法と、鉄鉱石と石炭を原料に高炉で鉄をつくる方法があります。当社には高炉が4本あり、そのうちの1本、神戸製鉄所の高炉を止めることに決めました。13年の5月に発表し、実際に休止するのは17年です。

実は高炉を止め、電炉に代えたほうがいいのではないかという考え方はすでに20年くらい前からありました。でも、ずっと踏み切れずにいました。高炉は製鉄所にとってシンボルであり、鉄をつくるプロセスの最初につかう設備です。しかも神戸製鉄所の高炉は復興のシンボルでもあります。阪神淡路大震災が起きたとき、神戸製鉄所も被災し、1000億円強の被害を出しましたが、当社は神戸の地で生まれた会社だから製鉄所も復興しようと決め、復旧に半年かかると言われましたが、頑張って2カ月で立ち上げました。

従業員やOBからは「復興のシンボルをなぜ止めるんだ」と反対されました。これには、かなり悩みました。しかし11年、12年の時点で同業上位2社との間に利益率で大きな差が生じてしまっていました。鋼材事業が生き残れなかったら、機械事業もアルミ事業もバラバラになり、神戸製鋼所は解体の危機に陥ります。それは従業員の幸せにつながりませんから、社長として絶対にしてはいけない。存続するためには鋼材事業の収益力をあげざるを得ません。