LGBTの人はなぜイノベーションを起こしやすいのか
ここまで、ドラッカーの言うマーケティングとイノベーションの真意を述べてきた。次に、「なぜLGBTの人たちはイノベーションを起こしやすいのか」という点に話を進めよう。
LGBTの人たちは性的マイノリティであるがゆえに、自分を抑圧したり、他者から差別を受けたりという経験が多くなり、他者との軋轢にも常時直面する。結果、「自分とは何者か」と己を知ろうと探求する機会が必然的に多くなる。それはLGBTの人たちがそうでない人たちに比べて「学習」の回路を開かざるをえないことを意味する。ドラッカーの見方に立てば、まさに個人でマーケティング+イノベーションを実践するように仕向けられるのだ。
安冨氏は自身の体験を交えながら、実は「己を知ること」(マーケティング)は、とても難しいことだと説明する。「身体的には男性だが、自分では女性だと思っており、好きになるのは女性であること(レズビアンと同じ心境)」に気付いたのは約1年前。きっかけは、ファッションだった。
それまでは男性の衣服を着ていた安冨氏。ファッションにはこだわりがあり、数十万円かけて洋服を仕立てたこともあったが、「いくらお金をかけても満足はできませんでした」。
女性的な体形のため男性用ズボンのサイズが合わないことを、同居者のパートナーに話したところ、「女性用をはいてみたら?」とアドバイスされた。そうして実際身につけてみて、「私が求めていたのはこれだ! と、感じました」。それをきっかけに、女性の装いでいることが、精神的に最も安定することに気付いたという。
「自分の洋服の趣味など最も気付きやすい情報のはずですが、私の場合は本当の自分の好みを発見するのに、50年かかりました」。安冨氏のように、多くのLGBTの人たちが迷い苦しみながら、「己を知ること」を試みていることがうかがえる。
安冨氏はLGBTの人たちがマーケティングとイノベーションを推進しやすい理由を、さらに説明する。「自分は身体の性と、自分の認識する性が違っていることに気付く、という『通常ありえないと思われていることがありうる』体験をしています。差別を受けることで、『普通』であることの暴力性を理解しているがゆえに、他人から無視されている人の気持ちなど、『普通』であれば気付かないことに気付くのです」。
女装をするようになって、精神的には安定したという安冨氏。だが一方で、差別的な視線や言動に出合う機会も増えたという。
「LGBTの人たちには、差別になどあったこともない人とは、社会の違った面が見えてくる。そういう人たちのもつ鋭敏な感性に基づいた知恵や知識こそが、イノベーションを起こすための重要な資源なのです」