介護士からプロ棋士に

「どうも、初めまして、こんにちは」

マンション1階の自動ドアが開いたところで、ややトーンの高い声と共に現れた細身の黒縁眼鏡姿は、少し緊張気味ながら、こちらがはっとするくらい深く、ゆっくりと腰を折り曲げた。

将棋のアマチュア強豪、今泉健司氏(41歳)は1月、晴れてプロ(四段)の資格を取得した。将棋のプロ棋士養成機関である「奨励会」経由ではなく、編入試験である対プロ棋士五番勝負で3勝(1敗)。2006年の瀬川晶司氏(現五段、45歳)以来の快挙で、戦後3人目、最年長の「突出しプロ」となる。

将棋プロ編入試験でプロ入りを決めた今泉健司さん。

かつて奨励会に所属したものの、年齢制限の壁に阻まれ退会、その後新たに設けられた制度を通じて再挑戦するも夢叶わず。しかし介護福祉士として老人介護施設に勤めながら、3度目の挑戦で宿願を果たした。

3月末に著書(『介護士からプロ棋士へ 大器じゃないけど晩成しました』講談社刊)を上梓、5月に公式戦デビューが見込まれる今泉氏のご自宅にお邪魔した。

経営コンサルティング業の父親、専業主婦の母親と同居する広島県福山市内のマンション。転居したばかりという真新しいリビングに差し込む日差しが目に優しい。愛用の将棋盤・駒を挟んでのインタビューとなった。

――まずは、おめでとうございます。

今泉(以下、同)「有難うございます。よろしくお願い致します」

――プロ入りを決めた一番で勝った瞬間はどんな?

「なんか勝てたんだなという思いはありましたけど、でも、以前のインタビューでも話したように、いまだに嘘みたいで」

快活でテンションが高い、頭の切れるエンジニア、といった風情である。この4月からプロ棋士としての新たな人生をスタートさせたが、まず所属するのはフリークラス。ここで実績を積めば、最も歴史のあるタイトルである名人位に通じるリーグ戦「順位戦」を戦うトーナメント・プロに仲間入りできる。ただし、それも10年以内で果たせなければ引退というタイムリミット付きだ。

「今、介護士としての給与の額面が18万(円)くらい、手取りで14万くらいですよ。生活するので精いっぱい。介護に就いている人の大半がこんなものだと思います。額面で年約250万円です。もし今、僕が20万、30万もらえる立場にいたら、棋士を目指していたかどうか。介護士さんの大半は、額面で20万もらったら、狂喜するレベル。もっとも、棋士になったら年収は一時的にさらに下がると思います」

――下がる?

「ある先生からいただいた年賀状に『これからが大変だよ』と書いてありましたが、フリークラスに属するその先生はご自身を引き合いに出されて、『だいたい年200万円くらいじゃないか』と」

勝ち負けには極端に厳しい世界だけに、そうした棋士もいれば、年に1億円超稼ぐ羽生善治四冠のような存在もいる。

「ここから先は単純で、勝てばいいんです。自分次第ですから、楽しみですよ」