師匠が指導し、弟子が学ぶ。能や歌舞伎、茶道や生け花など厳しい師弟関係が存在するプロフェッショナルは多い。しかし勝負が明確につく、という点で大相撲と将棋が非常にシビアであろう。
すでに優勝8回を飾り、現在最強の力士となったモンゴル出身の横綱・白鵬。そして、将棋史上最強格の棋士と評される羽生善治名人(四冠)。頂点を極めた2人の弟子の師匠、熊ヶ谷親方と二上達也九段には特別な指導法があったのだろうか。それぞれの師匠に語っていただいた。
屋上で泣いていた弱虫力士が横綱に――熊ヶ谷親方
白鵬の入門時は175センチで65キロ。ひょろっとして自信なさげでね。当時は父親がモンゴル相撲の横綱ということも知らなかったし、バスケットボールをやっていたっていうからバネはあるだろう、くらいに思っていました。でもこの体じゃいい稽古はできません。目方を増やすことが先決だと。それで3カ月、腹いっぱい食べて昼寝することを命じました。稽古は一切なし。四股もすり足も柔軟体操もさせません。ひたすら食べて寝る。料理はちゃんこが中心で、2回の食事時には牛乳1リットルを飲ませました。
これで3カ月で80キロまで増えた。そこから、かなり厳しくやりました。のんびりさせられて、「相撲界は素晴らしい」と言ってたらしいんですが、そうは問屋がおろしません(笑)。遊ばせていた分、倍は稽古させました。逃げ出したくなったこともあったはずです。よく屋上の物干し場で泣いていましたから。故郷のほうの夜空を見ていたんでしょう。逃げ出さずによく頑張った。猛稽古に耐え、どんどん力をつけていきました。
出会いの妙味、でしょうか。私のところ以外の部屋に預けられたら、今ごろはモンゴルで別の仕事をしているかもしれません。私も現役当時は小兵で、入門時は72キロしかなかった。それが5年で40キロほど増えるんですが、つまり細い新弟子の扱い方がわかっていた。普通は甘やかさずに猛稽古をさせて腹いっぱい食べさせる。そのほうが早く肉が体につくと。しかし、稽古そのものに耐えられる力がないんだから、兄弟子に土俵に叩きつけられ、すっかり自信をなくしてしまうかもしれません。入門時は誰でも心細いもので、特に白鵬は異国から1人で宮城野部屋に入ってきた。同じ猛稽古をやるにしても、部屋や角界の空気に馴染んだ3カ月後のほうがずっといいでしょう。