羽生は入門したときから強かったし、周囲の評価も高かった。だから私からあえて彼に声をかけたりはしなかった。

将棋の勝負は、基本的に自分で頑張るしかない。そんなことは弟子もわかっているし、師匠も自分の型にはめたりはしません。才能もやる気もあるエリートしか集まらない厳しい世界で、勝ち続けなければならない。そんな彼らに無理やり自分のやり方を習わせるよりは、静かに見守り、困ったときにだけ声をかけたほうがよいと思います。

羽生はまだまだ若く、弟子を取る様子はなさそうです。年齢のことよりも、自分を超えるような弟子を取らなきゃ意味がないと思ってるのでしょう。もし羽生が弟子を取ったら、ものすごい才能を持った少年が現れた、ということになるのかもしれませんね。

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2人の師匠の話からわかるのは、例えば優秀な部下が、自ら意欲を出して勉強や仕事を始めたとき、上司は自分の型にはめようといちいち細かい指図をするのはリスキーである、ということかもしれない。

では、放っておけばいい――と思うのも早計だ。本人のやる気を喚起させ、それをつかず離れず見守ることも肝要なのだ。

指導にはメリハリをつけ、自分のいうことをしっかり受け止めるような関係を築きながら、部下が行き詰まったときや方向を間違えたときにストップをかける。それが優秀で意欲ある部下をさらに飛躍させる秘訣だろう。

(須藤靖貴=文・構成 増田安寿=撮影)