介護は誰にでもできる仕事ではない

2度目の挫折。ただ最初の退会よりは、気持ちは割り切れたという。

「自分には足りないところがあるから、プロとの縁は本当にないんだと思いました」

2通りある編入制度のもう一方は、規定をクリアすればプロ棋士との五番勝負を戦うことができ、うち3勝すればいきなりプロ四段としてデビューを飾れる。しかし……。

今泉健司さん

「尋常な成績じゃ規定はクリアできません。まず、大きなアマ大会で優勝し、プロと公式戦で10勝以上、勝率6割5分以上。アマチュアの大会で勝ち抜くのは容易でないし、ましてプロ相手に1局勝つことがどれだけ大変か。それを10回やって、しかも6割5分以上? バカ言ってんじゃないよと」

退会後は上京し、知人に間借りしつつ証券会社でディーラーの見習いを半年ほど務めた。

「プロ棋士の先生から、懇意にしておられる証券会社の社長さんをご紹介いただきました。証券外務員二種、一種の資格も取って株取引を。ただ、勉強させていただきましたが、自分の甘さとは次元が違いました。だいぶ損したと思います。二度と株はやらないという勉強にはなりました」

残念ながら本契約には至らず。再び福山に戻って、今度は介護士の資格を取得、地元の老人介護施設で働き始めた。

「実際にやってみて、誰でもできる仕事ではないと実感しました」

最初の3カ月は炊事、洗濯、風呂や排せつの介助、いずれも「半分しかできなかった」。職場では氏の雇用の是非を問う意見も出たという。

「その時に、現場のリーダーさんが『この子は少なくとも利用者さんには全力で接しているのがわかるから、もう少し様子を見よう』と。要は拾っていただいたんですね」

介護は誰でもできる仕事ではない、という今泉氏。

「少なくとも、目上の人への敬意がないと絶対無理。認知症だろうが何だろうが目上は目上なんで、小手先ですることは全部見抜かれます。他の感覚が減退した分、『こいつはオレをバカにしている』といったところの感受性のみが尖るので、そういう部分に対してどれだけ誠意を持って接することができるかが大きいと思います」

なぜ、続けられたのかを問うと、

「そういえば、長年つきあってる口の悪い友人に『棋士・今泉健司よりも、ヘルパー・今泉健司のほうがこれからきっと価値が出てくるんじゃない?』と言われたなあ」

と笑った。

「奨励会に入ってすぐ、先輩に『まず目の前の人に対してきちんと挨拶するとか、そういう部分だけはしっかりできるようになれ』といわれたんです。お蔭様で、1年経ったら『今泉君、君、挨拶だけはできる。素晴らしい。それ以外のことはダメだけど』といわれるようになりました(笑)。でも、そういう自然に教わったことが、不思議と役に立った気がします」