カネボウの繊維部門を継承

一貫生産体制の確立は、オイルショック以降、斜陽化が進む繊維産業において、セーレンが生き残るためにどうしても成し遂げなければならない経営課題の一つでした。

繊維産業の製造工程には、原糸製造、織り・編み、染色加工、縫製があり、工程ごとに業界が分断されています。そのなかでもセーレンは染色加工を専門とし、取引先から預かった生地を指示どおりの色や柄に染める委託賃加工を生業としていました。業界としてはこれが当たり前ですが、製造工程が分断されていると品質・納期・コストのトータルコントロールができないばかりか、問題が発生した際の原因究明や対策にも支障が出ます。結果的に、我々のような立場の弱い下請けが責任を押し付けられる事態がまかり通っていました。

1990年代に入り、セーレンは自動車内装材分野へ参入。これをきっかけに、織り・編み、縫製を担う子会社をそれぞれ設立し、製造工程の内製化を進めました。最後まで課題として残ったのが、原糸でした。原糸生産機能をゼロから立ち上げるのは至難の業です。それでもなんとかして原糸工程を内製化したい。模索していた矢先、2004年にカネボウが倒産。同社の繊維部門(合繊事業)は「再生不能」の第4分類に分類され、売却先が決まらない状況のなか、セーレンだけが買収に名乗り出たのです。

再生不能の繊維部門を、しかも染色加工の下請け会社であるセーレンが買収するなど、社長の川田は頭がおかしくなったのか。業界ではそう噂されました。当時、業界団体の会長を務めておられた東レの前田勝之助さんに呼び出され、「合繊メーカーですらカネボウには魅力を感じないから、誰も買おうとしない。素人の君たちが手を出しても失敗するだけだから、やめておきなさい」と親切な忠告まで受けました。しかし、私たちは合繊メーカーになるためにカネボウの繊維部門を買収したいわけではありませんでした。一貫生産体制の実現のために、どうしても製糸機能を手に入れる必要があったのです。

カネボウ繊維部門の買収によって一貫生産体制の実現に大きく前進した一方で、弊害もありました。本業である染色加工の取引先の一部が、繊維業界の常識を破った私たちに不信感を抱き、「そんな会社に仕事を頼めない」と他社へ転注していったのです。これには社内が動揺しました。正直、私も参りました。しかし、それまでのように委託賃加工に頼るばかりでは、先がないことは明らかです。どうせ崖っぷちに立たされているのなら、ダメもとでやるしかない。そんな開き直りもあったと思います。