自分の成功体験を実践させている
今年の入社式で、岡藤は挨拶をした。
「新人は来る日も来る日も退屈なルーティンワーク。こんなはずじゃなかったとなる。けれども、ルーティンワークの積み重ねが大きな仕事を成し遂げる土台となる」
個人の裁量、自由度が銀行よりは大きいと商社を選択し、さらに財閥系には向かないと就職先を伊藤忠に決めた岡藤。ただ、岡藤が入社した数年間は、奥歯を噛み締めるような毎日だった。
岡藤が任された仕事は「受け渡し」と呼ばれる内勤で、営業が契約した洋服生地の船舶・船積みの指定、お客への配達手配、代金の回収などを行う地味な業務だった。「『受け渡し』を1年で終え、営業に出たものもいる」といわれていたように、受け渡しに携わる期間が短いほど優秀な新人社員とされた。岡藤は、4年間内勤に従事する。
勇躍して入社した伊藤忠で、岡藤は会社社会の現実を思い知った。
「やっていけるのかというちょっと自信喪失みたいなもの」
と岡藤は、当時を振り返る。受け渡し業務が3年目を迎え、課長からも「次は岡藤を営業に出す」といわれていたのに、社内の事情で異動がかなわなかったこともあった。ようやく4年目をすぎて、営業に出ることが決まるが、岡藤は再び苦境に立たされる。
「岡藤君は受け渡しでは優秀やけど、お客さんとようぶつかっているようですし、営業には向いてないですよ」
課の会議で、先輩が岡藤に対して公然と異動に反対したのだ。おまえは営業には向いていない、と。ショックを通り越して、呆然とする一言だった。
「やっぱり自分が頑張らんとね。おふくろの夢みたいなもんもあるますやん」
岡藤を支えたのは、幼少から苦労をかけ続けてきた母を何とか安心させてあげたいという思いだった。歯を食いしばり、考える。どうすれば、認められるか。何が会社に貢献できるか、と。
たしかに、念願かなって営業に回された後も客とぶつかった。何度となく、客から罵声を浴びせられる。「あんた、もう帰り」「先に別の商社に払うわ」。