当時の繊維業界は因習にがんじがらめになっていた。手形の支払期限は、180日、240日が当たり前。今では信じられない日数がまかり通っていた。なぜか? 伊藤忠が卸した服地は、問屋からテーラー(仕立て屋)に回る。テーラーが資金を回収するのは注文された服が出来上がってから、逆方向に支払いが請求される。当時は、テーラーが一着、一着と丁寧に仕上げていたため非常に時間がかかり、手形の支払期限180日は常識とされていたが、商社にとっては相当不利な条件である。

「営業に出て、僕はそれを改革、改善したんです。それが僕にとっての飛躍の一つになったんですわ」

岡藤が頭を絞って考え、たどり着いた答えが、「伊藤忠だけで扱えるどこでも買えない商品」だった。これまで、主導権を握れないために、利益の薄い商売に甘んじなければならなかった。

主導権を握るための秘策が「ブランドビジネス」だった。ブランドビジネスとは取り扱う商品に無形資産である「商標」を付けて、販売する行為である。優れたブランドと認識されればされるほど、商品に付加価値がつき、より高い価格での販売が可能になる。

岡藤が持ち込んだブランドビジネスで、伊藤忠の立場は激変。伊藤忠でしか取り扱えない商品を問屋が仕入れることで、問屋はテーラーに対して強気の商売が展開できるようになった。さらに伊藤忠は問屋に対しても主導権を握ることができた。岡藤が営業に移った2年目のことだった。岡藤はいう。

「やっぱり違うことをせなあかんと。天才的な営業マンなら苦労せんでも売っていける。せやけど、僕は違って客から説教されっぱなしやったから」

ここまでの道のりは長かった。勇躍と営業に出た1年目に待っていたのは、「東大出てはるの? 商売と勉強は違うで」に始まり「そりゃ、勉強通りにはいかんわ」まで、客の所にいけばまずは1時間説教された。

「いい返したいことは客にいわないで、ノートに書いておけ」

と課長にいわれ、律儀に記し続けた日々もあった。砂を噛むような日々を過ごしながら岡藤は考えた。