創業社長の嶋宮勤氏はスピーチ上手で知られる。朝礼でも態度は実に堂々としていた。彼がスピーチで緊張しないのは、映画に出演した経験があるからだという。「映画の緊張感に比べればスピーチなど大したことない」そうだ。彼は俳優の高倉健と親しい。撮影現場へ差し入れを持っていったところ、監督の目にとまり、俳優として映画に出たのだという。嶋宮氏は高倉健主演の「駅 STATION」(1981年)から「ホタル」(2001年)まで、ほぼすべての映画にセリフ入りで出演している。

従業員を前にして彼の話が始まった。

 「みなさん、どうもありがとう。北海道は秋の観光シーズンですから本州からのお客さんも多い。繁忙期に頑張ってもらってありがとう」

ここがスピーチのポイントだ。彼は社長だからといって高圧的な訓辞をしない。まずは感謝の弁を述べ、それから思いついたことを順に話してゆく。話し方はゆっくりだ。声は大きくもなく、小さくもない。そして必ず、ひとりひとりの目を見つめながら話してゆく。感謝の弁、話のスピード、声の大きさ、聞き手を見ること……、どれもビジネスマンが学ぶべきところだろう。

嶋宮氏は、寿司屋だけに「新鮮」といったキーワードを盛り込んで話を進める。

嶋宮氏は、寿司屋だけに「新鮮」といったキーワードを盛り込んで話を進める。

 「すし善のモットーは新鮮、清潔、礼儀正しさです。今から36年前、創業したときから、私たちはこの3つを守ってやってきました。これを守ってきたから店を続けてこられたのです。特に新鮮は大事だ。人間も店も会社も、新鮮でなくなったらダメになる……」

スピーチで大切なのは彼のように身近なキーワードを用いて、話を展開することにあるのではないか。

朝礼の後、「いい話でしたね」と感想を言ったら、「ダメだ」……。

 「サービス業では雄弁は銀、沈黙が金。何も話さなくとも、お客さんがおいしく食べてくれれば、それがいちばんだ」

嶋宮氏はサービス業の哲学をわかっている人だ。

(本田 匡=撮影)