激しい見せ場を作らざるを得ない環境
こうした人手不足の祭を支えたのは、町を離れた人の里帰りや、近隣地域からの参加だった。そして、外から人を集めるとき、祭そのものの評判が力になる。
「自分たちがだんじりを曳き続けていくために、ほかの町のだんじりよりも魅力的であらなければいけないという意識もあると思うんですよね」(有本氏)
祭りが注目されればされるほど、観客はだんじりの見せ場を求め、曳き手たちは速さや技を磨くようになる。そのためには曳き手を継続して集めることが必要となる。新たな人材を惹きつけるためには、やはり派手な見せ場を持っていることが必要になる。
こうしてより激しい見せ場を作らざるを得ない環境が出来上がっていった。
だんじり祭を担う若者について、有本氏は「真面目になってきている」という印象を持つ。荒々しい場面の動画からは想像しにくい姿だ。
練習をしっかりやり、本番でも手を抜かず、だんじりのそばについて回る。かつて町なかの祭だったころは、気が向いたときに来て少し曳き、途中でおやつを食べに行くような関わり方もあった。ただ、有本氏が見る現場では、それが許されにくい状況になっている。
「一生懸命やるのはもちろんですし、部活みたいですね」(有本氏)
乗りこなすのが難しいスポーツカー
声を荒らげる場面もあれば、休憩中に仲間を囃し立てて、今どきそんな言い方をしていいのかと思ういじり方もあるにはある。それでも基本は真面目によくやっている。普段は「今どきの若者」であり、暴力的なことを気にする感覚も持ち合わせている。それが、長年だんじりに接してきた、有本氏の印象だ。
真面目にならざるをえない理由は、だんじりの構造にもある。綱を曳く人、後ろの梃子で向きを変える人、前の梃子でブレーキをかける人。全員の動きが合わなければ、重い車体は曲がらない。作家の江弘毅さんは、だんじりを「アクセルとブレーキ、ハンドルを別々に操作する自動車」のようにたとえる(『だんじり若頭日記』)。
人手不足への対応は、だんじりの足回りにも及んでいる。「少ない力で曳けるように高性能のベアリングを入れ、ドラムブレーキではなくディスクブレーキを付ける例もある」(有本氏)という。だが、小さな力で動くようになれば、下り坂では、だんじりが曳き手を追いかけてくる。安全に気を配っているのに、一歩間違えれば危ない。有本氏はそれを「乗りこなすのが難しいスポーツカー」と表現する。

