私たちの生活が苦しくなった理由

そもそも、日本人の暮らしが苦しいのは、ここ数年の物価高だけが原因ではない。日本は世界の成長から取り残され、相対的に貧しくなってきた。

実勢為替でドル換算した一人当たりGDPは1995年の世界3位から2026年には39位に落ちた(注)。各国の物価水準の違いを調整する購買力平価でも、1990年の18位から2010年には37位、2025年には46位に後退した。

この長期停滞と物価高は無関係ではない。エネルギーや食料、原材料を輸入に頼る日本が世界で稼ぐ力を高められなければ、海外から必要なものを買う力も弱まる。円安や世界的な資源高によって、以前と同じ生活水準を維持することが難しくなっている。

それは、賃金と物価の関係にも表れている。2020年を100とすると、2025年の食料品物価は125.8、名目賃金は111.7。賃金は日々購入する食料品の値上がりに追いついていない。実質賃金の算式ではないが、生活実感はこちらに近いのではないか。

【図表】食料品物価と名目賃金の推移(2020〜2025年)
筆者作成

注:IMF「World Economic Outlook Database」2026年10月版(GLOBAL NOTE掲載データ)

政府が今やるべき「減税以外」のこと

一時的な減税で家計の購買力は改善する。だが、税率を元に戻すとき、企業が生み出す価値と働く人の所得が伸びていなければ、同じ苦しさが戻る。必要なのは生活保障と就労促進、そして国民全体を豊かにする成長政策を区別することだ。

① 真に困窮する人に、必要な支援を届ける

急な物価上昇で生活が立ち行かなくなった家計を支えるのは政府の役割だ。しかし、世界の成長に後れを取る日本が、国民全体に昔通りの生活を保証することはできない。対象を絞り、必要な人に確実に届ければ、少ない財源で救済効果を高められる。

一方、勤労者への支援金は働くほど手取りが増える制度にする。生活の安全網と、働く意欲を高める制度を両立させることが重要だ。

② 補助金を増やす前に、新しい事業を阻む規制を改める

私はかつて銀行のアトランタ支店長として、米国南部に進出する日本企業を数多く見てきた。自動車だけではない。住宅設備や日用品をつくる企業まで、決して賃金の安くない米国で工場を建て、現地の人々を雇っていた。日本企業は投資していないわけではない。魅力ある投資先を選んでいるのである。

日本企業の海外投資が活発な一方、日本への対内直接投資残高のGDP比は低い。外国企業にも日本を生産拠点として選んでもらわなければ、国内のGDPと雇用を増やす機会を失う。

【図表】日本企業の海外直接投資は拡大、外国企業の対日直接投資は低水準
筆者作成

日本で新規事業が成長しないワケ

日本国内に投資してもらうには、補助金で企業を誘うことに加え、投資した後に事業を自由に育てられる制度が不可欠だ。政府が成長分野を指定して巨額の予算を投じても、許認可や行政運用が昔の産業構造に合わせたままなら、新しい市場は広がらない。

身近な例がライドシェアだ。2024年に始まった日本版ライドシェアは、原則としてタクシー事業者の管理下で輸送力不足を補う仕組みにとどまる。新規事業者が参入し、既存のタクシー事業者ともサービスを競う海外の市場とは異なる。

利用者の安全と運転者の適格性を守るルールは必要だ。しかし、それが既存業者の管理下に置く理由となるのか。ライドシェアは、GPSやスマホ、配車アプリによる本人確認・運行記録・評価などを活用し、自家用車による運送を可能にした。こうした技術も安全管理に役立てながら、参入基準を明確にし、サービスの実績で競争させたい。

問題は参入規制だけではない。日本では、法律の細目が政省令で定められ、監督官庁による解釈や行政指導が事業活動を左右することが多い。その運用が不透明では、新規事業の見通しが立たない。許認可の要件や判断基準を明確にし、行政判断の予見可能性を高めることが、新しい事業への挑戦を促すのである。