身内の責任は問わない軍政

地震の2日後、ミャンマー外務省が公開した写真がある。一部がはがれ落ちた庁舎の外に、当時のタン・スエ外相(元独裁者のタン・シュエ氏とは別人)が座っているものだ。ASEANの緊急外相会議に、オンラインで加わっているところだ。災害対応の最高機関である国家災害管理委員会でさえ事務所を失い、テントで会議を開くことになった。

それでも軍政は、職員に職場へ戻るよう急き立てた。税関局の職員マ・レー氏は地震のあと、首都ネピドーのピンマナ郡区に身を寄せていた。4月半ばはミャンマー正月の連休で役所は休みだが、上司からは出勤するよう求める電話がかかってくる。庁舎は崩れたり壊れたりしていて無理だとマ・レー氏は考えたが、上司の指示は冷酷だった。「省の敷地にテントと仮の事務所を設けて、そこで仕事を続けることになると言われています」と、イラワジーの取材に明かしている。

職員には出勤を迫る一方で、軍政は、首都を建てた軍や縁故企業の責任を問おうとはしなかった。タイの英字オンライン紙のネイション・タイランドによると、ミン・アウン・フライン氏は地震後の閣議で、建物が倒壊した大きな原因として軟弱な地盤を挙げている。イラワジーによると、4月18日の閣議で同氏が求めたのは、建設の品質基準と設計の不備を見直すことだけだった。

隣国タイでは、地震でバンコクの高層ビルが崩れ落ちると、建設会社の幹部がすぐに逮捕されている。ネピドーでは逆に、軍政は被災した庁舎や職員住宅の補修と再建を、建てた業者に命じただけだった。

2025年4月5日、ミャンマーの地震で崩れ落ちたバンコクの高層ビル
2025年4月5日、ミャンマーの地震で崩れ落ちたバンコクの高層ビル(写真=Supanut Arunoprayote/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

浮上した省庁の旧首都移転計画

庁舎を失った首都の官庁は、業務の継続に苦心した。そのしわ寄せは、やがて市民の暮らしにまで及んでゆく。

地震から3週間あまりたった2025年4月中旬から下旬にかけて、庁舎が損壊した外務省など一部の省庁は、旧首都で国内最大の都市でもあるヤンゴンへの移転を計画していると伝えられた。「うちの省が移るのは確実です。屋外で会議を6回開きました」。教育省の職員は、ミャンマー向けの独立系メディアDVBに、匿名でそう語った。

日本で働こうとする人たちにも、影響が及んだ。ミャンマーの民族系メディアでつくる連合体BNIによると、移転作業の影響で、身分証の発行を担う入管事務所は申請を処理できず、申請者を追い返していたという。ミャンマー労働省の海外労働者向け身分証も発給が遅れるなか、在ミャンマー日本国大使館は4月8日、日本で働くための在留資格認定証明書の有効期間を、3カ月から6カ月に延長すると告知していた。それでも、日本で働く準備を進める人は「役所の手続きが間に合わなければ、身動きがとれない」と話し、延長だけでは足りないかもしれないと懸念する。