毒伯母に振り回される一家
中学生になった榎木さんはバレー部に入り、友だちもでき、充実した生活を送っていた。
ところが2学期の終わり。両親が突然言った。
「伯母さんがうちのために家を買ったから引っ越すことになった」
「子ども心に『我が家は普通じゃない』と思いました。友だちと離れたくないと言いましたが、中学生の子どもでは無力でした」
榎木さんの中学校も弟の小学校も転校することになり、クラスでは「お別れ会」を開いてもらった。お金がなかったため、制服は前の学校のものをそのまま使い続けることに。引っ越しは冬休みにすることになっていた。
ところが冬休みに入り、年が明けたばかりのこと。母親が泣きながら家に帰ってきてこう言った。
「引っ越しはなくなった。だから元の学校にまた通うように」
冬休み明け、榎木さんと弟は気まずさと恥ずかしさをかかえながら、また元の学校に戻ることになった。
「伯母との間に何かがあったのだということだけはわかりました。伯母のひとことでどうにでもなってしまうんだという怖さ。私は自分のいる場所がとても不安定なものなのだという、いままでなかった不安が常につきまとうようになりました」
榎木さんが16歳になってから知ったことだが、両親は、父親が46歳、母親が43歳くらいの頃、この引っ越し騒動から、伯母に給与をコントロールされ、実印も通帳も全て預かられていたのだった。
「この話をすると、みんな『おかしいよ。逃げれば? 逆らえば?』と言います。私もそう思いましたし、言いました。でも両親はすでに伯母によって考える力を奪われてしまった後でした。両親は本当に正直で善良な人間でしたが学がなく、世の中のことも、悪意のある人物の存在も知らなかったのです」
だから圧倒的なまでに知恵と悪意のある人間と対峙したときの、争い方も逃げ方もわからなかった。榎木さんの両親のような人間を金銭的に困窮させ、時には暴力で追い込み、自分のためだけに使い倒して考える力を奪うのが、伯母の常套手段だった。伯父と伯母の会社には、榎木さんの両親のような人ばかりだったという。
「考える力を奪ったこと。これが伯母の一番卑劣な行為だったと思います。両親は、社会人なら当然知っているべき基本的な世の中の仕組みや制度を、驚くくらい知りません。考えようともしなくなっていました。伯母の支配の中で、そのすべてをなくしてしまったのです」
この引っ越し騒動以降、両親の勤務時間は月曜から土曜まで、5時半から22時までとなる。日曜日は唯一の休みのはずだったが、朝から晩まで書類書きをやらされた。
一度中止になった引っ越しだが、その後同じく伯母の鶴の一声で実行された。引っ越し先は古い一軒家。榎木さんと弟は有無を言わさず転校。家財道具は前の住人が残していったものをそのまま使い、榎木さんは一人だけ違う制服で卒業まで過ごした。

