診断に不服
「休日はちゃんと休めていますか?」
「休みの日は友だちとフットサルしたりします。仕事がないと気持ちがスッと晴れるというか、その後に飲みに行ったりしてます」
長野さんは休日の話題になると笑顔を見せた。
話を聞くと、気分が滅入って沈みこみ、意欲も湧かないようで、抑うつ気分や気力減退、不眠はある。一方で食事は安定してとれているようで過度な体重減少も認められない。
彼のように職場での業務負担や対人関係の不和により、精神的な不調をきたす人は多い。こういったストレス要因がはっきりしているケースはうつ病ではなく、“適応障害”と診断することが多い。うつ病は明確なきっかけがなくても脳の働きの不調が生じ、気分が著しく落ち込むのに対し、適応障害は環境の変化やストレスにより一時的に心身の不調が起きるもので原因がなくなれば改善する。
「適応障害の可能性があると思います」
私がそう言うと、長野さんは「それって休職の診断書って出ますかね?」と再び問う。
「いきなり休職になると、引き継ぎもできずに突然休むことになってしまいます。病名を記載した診断書をお出ししますので、いったん会社に受診したことを共有してみてはどうでしょう。それから病気休暇が可能な期間も会社に確認しておいたほうがいいと思います」
私がそう提案すると、長野さんの顔が曇った。腕組みをして考え込む。その態度はどこか不貞腐れているようにも見える。
休職したい患者の転院先
患者が「会社に行かないといけないと思うと死にたい気持ちが出ます」と訴えたとする。それが事実なのか、それとも「会社を休むための口実」なのかは、患者本人にしかわからない。われわれができるのは、患者の訴えをできるだけ詳しく聞き、その情報をもとに診断することだ。精神科医は嘘発見器(※4)にはなれない。
私としては、初診で安易に休職を勧めることは避けたい。正しい精神科診療には「経過を見る」という視点が欠かせず、受診当日に病名を確定できないケースも珍しくないからだ。
長野さんは何度か「でも」「やっぱり」と休職診断書が欲しい素振りを見せたものの、最終的には「わかりました」と言って病院をあとにした。納得してくれたのだとばかり思っていた。
ところが、1週間後の予約日、長野さんは来院しなかった。
予約日に現れない本人に事務職員が電話したところ、「オンライン診療にしたので、そちらにはもう行きません」と告げられたという。長野さんは私の対応が意に沿わず、オンライン診療を頼ったのだ。
休職が必要かの見立ては精神科医の裁量次第で、明確な基準はない。ただ、ある程度経験を積んだ精神科医なら、治療上休職の必要性(※5)についての判断は自然と身につくものだ。
一方で、長野さんが受診したというオンラインクリニックには「即日休職診断書出せます」という消費者金融のようなキャッチコピーを掲げるところもある。
長野さんはきっとオンライン診療で休職診断書を手に入れたのだろう。
※4 嘘発見器
本音を言えば患者の嘘はたいていわかる。「話す内容が一貫しているかどうか」は精神鑑定でも重要な視点で、経験を積んだ精神科医なら、患者の嘘を見破ることは難しくない。とはいえ、患者に「それ、嘘でしょ」などと言ったら、クチコミ0点をもらうだけなので指摘することはない。
※5 休職の必要性
最近、休職目的でメンタルクリニックを受診する人が増えている。そして、病休となる人のほとんどが“傷病手当金”を申請する。申請が通れば、休職中も通常の給与の約3分の2が支給される(公務員だと“病気休暇”が認められれば3〜6カ月のあいだ、給与の100%が支払われる)。これらは本当に働けない状態の人にとっては非常に大切な支援制度であるが、軽率な診断書発行により、実際には不要な人にも給付されているケースがあるのも事実だ。社会保障費の負担が増え続ける中、こうした状況が続けば、本当に必要な人に支援が届かなくなるのではと危惧している。

