世界最大のダムで大地震が起きたら…

2020年には、両軍の兵士がガルワン渓谷で衝突し、数十年ぶりに双方に死者が出ています。近年は、両国の首脳会談をきっかけに関係の雪解けも進んでいますが、その底に流れる不信は、簡単には消えません。

加えて、この地はインド亜大陸とユーラシア大陸がぶつかり合ってヒマラヤを押し上げた、世界屈指の地震地帯でもあります。実際、2025年の初めにも、チベットでは多数の死者を出す大きな地震が起きています。もし巨大地震が世界最大のダムを襲えば、その被害は、下流の国々をまとめて呑み込みかねません。

脆い水源と、火種の国境と、地下の断層。三つの危うさが、たった一カ所に折り重なっているのです。

核保有国による水資源の奪い合い

氷河の後退がさらに進む2040年、アジアの給水塔をめぐる争いは、いっそう抜き差しならないものになっているはずです。

宇山卓栄『2040年の地政学』(秀和システム新社)
宇山卓栄『2040年の地政学』(秀和システム新社)

「氷」という貯金が尽きに近づくにつれ、南アジアから東南アジアにかけて、慢性的な水不足が広がっていきそうです。そのとき、大河の源流をすべて押さえる中国の立場は、より強権になっていくとみられます。インドは対抗して自前のダムを積み上げるでしょうが、地理そのものは動かせません。水源が上流にある、というただ一つの事実から、逃れることはできないのです。

もっとも恐ろしいのは、この水の問題が、未解決の国境紛争と結びついたときです。国境での小さな衝突が、「水を止められるのではないか」という恐怖と重なった瞬間、二つの核保有国のあいだで、誤算が誤算を呼ぶ危険が生まれかねません。

水も、領土も、どちらも一歩も引けない――その二つが同じ場所で絡み合うことが、ヒマラヤを、21世紀のもっとも根の深い火薬庫の一つにしているのです。

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