20億人の生活を支える「第三の極」

そもそも、なぜチベット高原が、これほどの戦略的な意味を持つのでしょうか。答えは、この高原が蓄える、途方もない量の氷にあります。

チベット高原は、北極でも南極でもない「第三の極」と呼ばれます。極地をのぞけば、地球上でもっとも多くの氷をたくわえる場所だからです。この氷河が溶け出した水が、アジアを代表する10本前後の大河(インダス川、ガンジス川、ブラマプトラ川、メコン川、中国自身の長江・黄河までも)を生み出しています。だからこの高原は、「アジアの給水塔」と呼ばれます。

その水に暮らしを預ける人々の数は、下流をあわせれば、およそ20億人。世界のおよそ4人に1人にのぼります。つまり、チベット高原という一つの屋根を握る者は、アジアの半分の蛇口を、その手に握ることになるのです。

そして、この屋根は、1951年以来、中国の領土です。中国は、インドや東南アジアへ流れくだる大河の、そのすべての源流に立っている、これほど圧倒的な「上流の力」は、世界のどこにも見当たりません。

インドが恐れる「水爆弾」という武器

では、中国はこの水を、本当に「武器」として使えるのでしょうか。インドが恐れているのは、二つの正反対の脅威です。

一つは、水を「止められる」こと。上流のダムに水をため込まれれば、下流のインドやバングラデシュは、乾季に深刻な渇水に見舞われます。もう一つは、逆に、水を「一気に放たれる」ことです。

インドのアッサム州で発生した洪水
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有事に、あるいは事故を装って、ダムの水を大量に放流されれば、下流はたちまち洪水にのまれます。これが「水爆弾」の恐怖です。しかもこの川は、インドを通り抜けたのち、世界最大級のデルタを擁するバングラデシュへと注ぎます。上流の一挙手一投足は、二つの国の水と食料を、同時に揺さぶるのです。

インドの不信を深めているのが、過去の記憶です。2000年、チベットで大規模な洪水が起きたとき、中国は上流の水位のデータを事前に十分共有せず、下流のインド側で被害が広がった、と言われています。