ヤブのすきまにクマが見えた瞬間に
さらに待つが、ヒグマの背中の上端しか見えない状況で徐々に距離が詰まっていく。ヒグマが歩いているルートはシカ道をほぼなぞっており、そのシカ道は私より斜面の上方を通過している。
このままヒグマの全身が見えないままならば、発砲せずにやり過ごすことも選択肢の一つだが、自分よりも斜面上方の位置をかなり近い距離でオス成獣に通過されることには、少々不安があった。さらにヒグマが私の横を抜けた後の約100メートル先には、アパートや住宅がある。仮に自分が無事にやり過ごせたとしても、そのまま向かわせてよいのだろうか。
そのように迷っているうちに、私の斜め右前方距離約30メートルで、ササヤブのわずかな隙間から、ヒグマの頭部から前肢付近まで(上半身)が見えた。私はその瞬間にライフル銃を発砲し、頸部の付け根付近に斜めに着弾した手応えがあった。ヒグマは大きな唸り声をあげながら私の前方で斜面を転げ落ち、私の斜め左下方で停止した。
すかさず排莢して次弾を薬室に送り込んで一瞬観察すると、ヒグマが首だけを上に伸ばすような仕草をするのが見えた。そこで再び頸部の付け根付近を狙って二発目を発砲すると、ヒグマの首は地面に伏せるような形になり、体の動きも停止した。唸り声も聞こえなくなった。
体重345キログラムの強力なオス成獣
「終わったか?」。少し深呼吸をしてから、斜面の上方に回り込み、少しずつ下ってヒグマに接近した。体に動きはなく、呼吸も停止しているようだ。おそらく死んでいると感じつつも、こちらに向いている背中に対してさらに一発撃ち込み、反応がないことを確認しつつ、慎重に死亡確認作業を進めた。
その後、無線で死亡確認完了を宣言し、死体搬出の応援を呼んだのだが、ヒグマが大きすぎてそこからがまた大変だった。川沿いの急斜面の一番下で死亡したため、車に積み込むためにはまずは高低差約30メートル(ビル10階分)を引き上げなくてはならない。
ふだん私たちがヒグマやエゾシカの死体の搬出に使用していた、ピックアップトラックに後付けした漁業用のドラム巻き上げ機と普通の太さのロープの組み合わせでは全く歯が立たず、結局近所の漁業者から漁業用の太いロープを借り、ホイールローダー(タイヤショベル)の力も借りて、やっとトラックに積み込むことができたのだった。
計測すると前掌幅が17センチ、体重は345キログラムもあった。後に北大獣医学部が実施したDNA分析で、この個体は多数のメス成獣との交尾を一時期独占し、たくさんの子を残した強力なオス成獣であったことが判明した。また、腸管内からは日本海裂頭条虫(寄生虫:サナダ虫の一種)が多数発見され(※佐々木ら2019)、サケ科魚類をウトロ市街地へ侵入する前から多数捕食していたことが示唆された。
※佐々木瑞希ほか(2019) 北海道斜里町のヒグマ腸管より検出された日本海裂頭条虫. 日本野生動物医学会誌 24: 123-126.
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