臆病な性格の犬は頼りにならない
一方で、ヒグマに怯えてしまうような臆病な性格の犬は、いくら血統がよくてもあまり頼りにならない。
ある年の6月初旬、車との交通事故で負傷したヒグマが国道脇のヤブ内に長時間潜伏したことがあった。さまざまな調整の末に発砲の前提条件が整ったため、轟音玉を何発もヤブ内に投げ込んで炸裂させ、驚いたヒグマの動きや音で正確な位置を把握しようと試みたが、完全な潜伏モードになってしまっていて、まったくヤブが動かなかった(このようにヤブ内に潜伏したヒグマが轟音玉に反応しない事例は他にも複数回経験している)。
そこで当時の上司の飼い犬(メスの北海道犬、少し臆病な性格だった)を試しに放してみたのだが、探してほしい範囲のヤブには近づいてくれず、すぐに戻って来てしまった。やむなく、私を含む射手三人が横一列になってヤブにゆっくり入っていった。ときどきしゃがんでフキの葉の下を覗くなどして慎重に歩を進めたのだが、突然私の右真横、数メートルの位置のヤブからヒグマが飛び出して、私のほうへ向かって来たのである。
とっさに銃口をヒグマに向けたが、矢先方向に他の二人がいるため、発砲することができない。スローモーションのような時間の流れの中で、「これはついにやられるか?」と思っていると、急にヒグマの後頭部が見えた。「ここまで追い詰められても、ブラフチャージで済んだかあ~」と少し安堵しつつ、その後左方向へ走ったヒグマに対して、3人で発砲した。
体重86キログラムの若いオスグマであった。
ヒグマ潜伏中のヤブに突入するリスク
もしこのヒグマの前肢で叩かれていたら、私は無事では済まなかっただろう(斜里町のベテランハンターは2019年に体重25キログラムのヒグマから逆襲されて数日間入院している)。
仕事上、ヒグマと数え切れないほどの回数(ゆうに1000回以上)遭遇してきた私の経験の中でも、トップファイブに入る危険な冷や汗案件であった。ヒグマが潜伏しているヤブ内に突入するリスクをつくづく実感すると同時に、車とぶつかって当初は下半身不随状態だったはずのヒグマが、人間側が各種調整に手間取っていたわずか4~5時間のうちに、ブラフチャージして走れるほどまで回復していたことに驚かされた。
ちなみに少し話がそれるが、ヒグマに怯えない性格の犬であれば、雑種犬であってもヒグマに向かっていって追い払うなど、かなり役立つことがある。しかしそのような犬であっても、屋外につながれている状態では動きが制限され、ヒグマにやられてしまうようだ。2018〜2021年に羅臼町で発生した、特定のオス成獣ヒグマによる連続犬食い事件の最初の犠牲者は、そんな犬たちであった。クマに対する番犬として犬を屋外で飼育している方は、つなぐ場合に犬の可動域がなるべく広くなるように工夫するなどして、くれぐれも注意してほしい。

