車は最高の投資先
「西田さん、これって最強の資産運用ですよ」
あるIPO長者の彼は、ワイングラスを傾けながら、いたずらっぽく笑ってそう言った。
彼のスマホには、コーンズ(フェラーリの正規ディーラー)が扱う「アプルーブドカー」やアンティークカーの売買サイトを覗きながら、株価チャートのようにブックマークされている。どのモデルが、いつ、いくらで動いたか。彼らはその値動きを、まるでトレーダーのように追っているのだ。
車は、彼らにとって「乗り物」であると同時に「金融商品」でもある。
エンジンの咆哮に胸を高鳴らせながら、頭の片隅では冷静にキャピタルゲインを計算している。この二面性こそが、ニューリッチという層の面白さであり、時代の申し子たるゆえんだろう。
当然ながら、今後、EV化が進む中でガソリン車のモデルに価値が上がることを想定し、名車を投機的に捉えている人もいる。これは、有鉛ガソリン車が無鉛になるタイミングやエンツォ・フェラーリが他界したタイミングで車の価値が上がるという歴史に比例するのだ。
所有することに、興味がない
【第3層】シン富裕層の生態
さて、いよいよ本題である。
「シン富裕層」。
この層の登場が、私にとっては最大の衝撃だった。
なぜなら、彼らの中には、資産を数百億持っていてもなお、「車そのものに興味がない」という人が、驚くほど多いのである。
オールドリッチは車を所有せずにいられない。ニューリッチは車で儲けることに情熱を燃やす。ところがシン富裕層は、そのどちらでもない。
「別に、要らなくないですか?」――彼らはさらりとそう言ってのける。
これは単なる個人の嗜好の話ではない。私はこれを、「シェアリング時代」という巨大な地殻変動を映し出す、最もわかりやすい象徴だと捉えている。
考えてみれば、車を「所有する」というのは、実に手のかかることだ。
駐車場代。都心なら月に数万円は当たり前、一等地のタワーマンションともなれば、月10万円近い区画も珍しくない。そこに任意保険、自動車税、定期的なメンテナンス、2年ごとの車検。乗ろうが乗るまいが、所有しているだけで財布からじわじわとお金が出ていく。
シン富裕層は、この「所有コスト」の非合理性に、誰よりも敏感だ。彼らはこう考える。「年に数回しか乗らないものを、なぜ抱え込まなければならないのか」と。
ポルシェが始めた“あるサービス”
そして、時代がそれに応えつつある。
象徴的なのが、あのポルシェの動きだ。海外では「Porsche Drive」としてサブスクリプションやレンタルを展開し、日本でも2024年から公式レンタルサービスを始めている。
所有ではなく、必要な時にブランド体験へアクセスする発想は、確実に広がっている。
さらに会員制で、複数のスーパーカーの中から「ハレの日」だけ好きな一台を借りられる――そんなサービスも次々と登場している。週末のドライブには911を、記念日のディナーにはパナメーラを。所有せず、必要なときに、必要な一台だけを味わう。これは「所有か非所有か」の二択だけではなく所有+必要時ハレ利用というハイブリッド型利用客も増加している。
まさにシン富裕層の感性にぴたりと寄り添う仕組みである。
家もシェア、オフィスもシェア。WeWorkに代表されるシェアオフィス、住まいすら定額で各地を渡り歩く多拠点生活サービス。今や「なんでもシェア」が大きな潮流だ。車だけがその例外であるはずがない。
「若者が車を買わなくなった」――この言葉は、しばしば嘆きとともに語られる。だが私は、これを衰退ではなく、一つの時代の「成熟」だと見ている。モノを所有することそのものに価値を見出す「モノ消費」の時代が、本当の意味で静かに幕を下ろしつつあるのだ。つまり所有欲よりも時間効率・体験価値・投資合理性を重視する傾向があり、その最先端を走っているのが、ほかならぬシン富裕層なのである。
