どんな行為が「えらい」「すごい」なのか
体育会系文化とはいうけれど、そもそも文化とはいったいなんだろうか。
ここでいう文化とは、立派な芸術や伝統のことではない。
もっと身近に、ある集団のなかで、どんな行為が「えらい」「すごい」「ちゃんとしている」とみなされ、逆にどんな行為が「だめ」「しょぼい」「なっていない」とみなされるのか、その意味づけの仕組みのことを指す。
哲学者サリー・ハスランガーも、文化を、私たちのふるまいや価値判断を方向づける社会的な枠組みとして論じている(※1)。
例えば、サブカル文化は、たくさんの具体的なエピソードを知っていると偉かったりするし、地下アイドル文化だと、すべての公演を観ること(全通)が偉かったりする。
では、体育会系文化とはどのような文化なのか。それを本稿では明らかにしたい。その際には、部活動を具体例として考えていこう。
部活動では「汗」と「涙」が美しい
日本の中学校・高校においては、盛んに部活動が行われている。その中で、「運動部」と総称される文化に注目したい。一部に根強く残る体育会系文化の特徴は、青少年たちが、一生懸命に部活動に取り組むさまが、当人あるいはそれ以上に周囲の大人たちによって味わわれている。
「汗」と「涙」、すなわち「努力」と「挫折」が、若者体育会系文化ならではの美しさとして楽しまれ、称賛されている(もちろん、こうしたものは「受験勉強」でも楽しまれている。受験勉強はまさに体育会系文化の一つと考えている。そのため、体育会系文化にスポーツは必須ではない、と私は考えている)。
スポーツマンガ――というより「体育会系マンガ」と本当は呼びたいが――を見てみると、このことはよく分かる。『ハイキュー‼』では、キャラクターたちが血の滲むような努力を通じて勝利を掴もうとする。
あるいは、キャラクターたちは、大きな挫折を味わい、絶望にいたる。だが、そこから復活し、再びコートに立つ。こうした、汗と涙を人々はなぜ楽しんでいるのだろうか。
辛い経験がポジティブな価値を持つ世界観
例えば、石村広明は、PL学園野球部をモチーフとしたスポーツマンガ作品『バトルスタディーズ』を対象として、分析を行った。作者の「なきぼくろ」は大阪にあるPL学園の元野球部員、高校三年の夏に甲子園大会にレギュラーとして出場した経験がある。
石村は、作者には「勝利・成長のために体罰や厳しい規則に正の価値を付与し、肯定的に捉え直し、実践する部員文化である。また、そうした規則を部の伝統として解釈し、縦横のつながりを強化し、より一層、正の意味付けを強化させる部活動文化の存在」があることを指摘した(※2)。
必要なのかそうではないのかを度外視して、とにかくも厳しい経験、辛い経験をすることが、何かしらポジティブな価値を持つとする世界観、つまり本稿が提起する体育会系文化が描写されている。

