損なわれた「安定」と「豊かさ」
しかし、この30年で「安定」と「豊かさ」は大きく損なわれました。私たちは人生前半を生きるのが容易だとはとても思えません。社会は安全なものではなく、危険なもので、それと渡り合える自分を作ることは難事業です。「ひとまず安定した。では、これからどうしたらいいのか?」。その安定を自明なものには感じられないはずです。
危険な社会での小さな安定なのですから、個人は努力したかもしれないけど、運が良かったという側面はぬぐい切れず、人生後半もその安定が続く保証はどこにもない。そのとき、「いかに生きるか」と実存を問う以上に、「いかに生き延びるか」という生存の問いが切実なものになります。
すると、「青年に戻る物語」にはリアリティが出てきます。安定することを許さない資本主義システムの中で生き延びるためには、青年であり続けるほうが生存戦略として合理性があるように思えるからです。
求められているのは「ソフトランディング」
ここに現代のミドル・エイジたちの戸惑いがあります。社会自体が上昇ではなく、降下のムードの中にあり、前の時代のミドル・エイジの物語が前提としていた「安定」が環境的に失われている。そういう不安定で、危険な社会で、ミドル・エイジ・クライシスを迎える。そのとき、私たちは実存と生存両方の問いに同時に取り組まねばならなくなります。
要請されているのは不安定な社会を生きのびるための「生存の物語」であり、かつ「降下する物語」、つまりソフトランディングです。できれば現状維持、それが難しいならゆっくりと、少しずつ降下していく。今あるものでどうにかこうにかやりくりすることで、不安定な資本主義社会を生き延びていく物語です。人生のソフトランディングのための格闘こそが、ミドル・エイジの四つ目の物語となります。
※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの
コメントby SERENDIP
四つ目の物語を著者は「停滞する物語」と名づけ、対談相手の一人・尾崎世界観氏の言葉を紹介している。それは中年に差し掛かった、アーティストとしての実感を「カードは出揃っている。そのカードで続けていく」という風に表現したものだ(この言葉が本書の発端になっている)。
そして、「停滞する物語」を聞こうと始まったインタビューが、各人の「青年に戻る物語」をも引き出したと、著者が巻末で述懐している点は興味深い。挑戦し成長をめざすという青年性は、不安定さゆえに必要に迫られるという社会的な側面と、その人の生きるスタイルにつながっているという個人的側面の両面があることを心に留めたい。
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