2026年9月に、プレジデントオンラインで反響の大きかった人気記事ベスト3をお送りします。国内政治部門の第1位は――。
▼第1位 スタッフを半分にし、給料を大幅カット…立憲民主党元代表・枝野幸男が落選後に選んだ"新たな働き口"
▼第2位 「林政権なら小渕優子財務相だ」と語ったが…高市内閣を離れた"次の首相候補"が抱える身内の分裂
▼第3位 海外では「日本人の貧困=政府の失策」は常識だが…「自己責任」という言葉を広めて責任逃れした"ずるい首相"
海外メディアが相次いで報じている「日本の貧困」
「豊かな国」日本で、働いても生活できない人が増えている――。
シングルマザー、高齢者、非正規の若者、激安スーパー、ネカフェ難民。ここ数年、海外メディアが相次いで報じているのは、かつて世界有数の豊かさで知られた日本の、もう一つの姿だ。
ではなぜこうなったのか。
日本国内では、生活苦はしばしば「努力不足」「備え不足」「もっと働けばいい」という自己責任にされることがある。だが、後述するように、国際機関のリポートではその要因を、低賃金の非正規雇用、弱い再分配、女性を不利にする税・社会保障制度などとしている。明らかに政策の領域にある問題だ。
本稿では、海外メディアや研究者が見た日本の現状から、自己責任という不思議な価値観が、なぜここまで広がったのかを考えてみたい。
今年1月の英ファイナンシャルタイムス記事は、「“激安店”の買い物客が日本の選挙の鍵を握る」という見出しで、激安スーパーの増加とそこに集まる消費者の声を取り上げている。激安Gekiyasu(激安)、節約一家Setsuyaku-Ikka(節約一家)という日本語をそのまま用い、貧困が一部の弱者の話ではなく、中流層にまで降りてきたことを伝えている。
翌2月の別の記事では、ジャーナリストのトム・フェイリングの著書を紹介しながら、日本の若者を“futureless”――「将来を描けない」世代と表現した。貧困とは今日食べられないことだけではない。結婚、子育て、住居、老後といった「未来を組み立てられない」ことまで含むようになっていると伝えている。

