地方議員の憤り「公党間の約束が破られた」
中道の分裂が決まった直後の9月12日から13日の週末、各地の創価学会の会館やオンラインで会合が開かれ、公明党の地方議員が学会員に向けて分裂の経緯を説明する場が持たれたという。
取材した学会員によると、ある地方議員の説明を要約すればおおむね次のような内容だった。
「結果的に参議院の立憲と合流できなかったことは非常に残念。最終的な合意形成の段階で、公党間の約束が破られたことには憤りを感じている。ただ、それでも公明党は中道政治の実現を目指して邁進していく。衆院選で有権者のみなさんからいただいた支援の重みを感じながら、これまで以上に政治改革に取り組んでいきたい」
この地方議員は、合流に至らなかったことへの不満を示すとともに、今後も中道政治の実現を目指す方針を説明したという。
同じ会合では、創価学会の会長である原田稔氏の言葉も紹介されたという。原田会長は今回の分裂について「政治の次元の話ではあるけれども、必死に応援してくれた同志に申し訳ない」と述べたと、複数の学会員が証言している。政治の責任は公明党にあると線を引きつつ、選挙を担った会員には頭を下げる。執行部として、ぎりぎりの言葉選びだったのだろう。
「地方選こそ原点」という号令
さらに印象的だったのは、ある地元幹部が、池田大作氏の小説『人間革命』を引きながら「地方選挙こそ公明党の原点である」と訴え、来年の統一地方選に向けてハッパをかけたという話だ。
ここで少し歴史を補足しておこう。創価学会は1954年に政界進出の窓口となる「文化部」を設置し、翌1955年4月の統一地方選で初めて選挙に挑んだ。公明党の公式サイトの「写真で読む公明党の55年」という特設ページによると、文化部員54人が各地の議会に立候補し、53人が当選した。
国政選挙への進出はその翌年の参院選からであり、公明党のルーツは、まさに地方議会にあるのだ。
だからこそ、学会内部では「地方選は絶対に負けられない選挙」という位置づけが今も共有されている。『人間革命』の引用は、単なる歴史の回顧ではなく、「原点に戻って戦え」という現場への号令だったと見るべきだろう。
会合の最後には「党員登録」と「公明新聞の購読拡大」が呼びかけられたという。分裂で傷ついた組織を、なんとかして立て直したい。拡大路線の言葉を並べる執行部の意図がにじみ出ていた。

